コロナ禍になってからというもの、「日本人は清潔だから(感染拡大が抑えられた)」というような意見をよく耳にします。最近では「民度のレベルが違う」などという意味不明の発言もありました。「日本人はきれい好き」ということを否定する気はまったくありません。また、「日本の『何か』が感染や悪化を抑える要因となっている」のも事実でしょう。ですが、根拠もなく日本人を他国人より優位に据えるのは愚かであるばかりか、その「何か」を懸命に探ろうとしている世界中の科学者たちの努力をないがしろにする危険な行為だと思います。

たとえば、世界でもっとも深刻な被害を受けたイタリア。「日本人は清潔だから」被害が抑えられたと主張する人たちは、イタリア人が不潔だとでもいうのでしょうか。イタリアに地中海的なゆる〜いイメージを持っている方もいるかもしれません。ですが、今回エピセンター(震源地)となったのは北部、経済的にも潤ったミラノ周辺です。このあたりの人々の衛生観念や美意識の高さといったら、綺麗好きで有名なドイツ人以上かもしれません。

10年ほど前、地中海沿いにフランスからイタリアへ入国する際、モナコで急行列車に乗り換えたことがあります。フランスのTGVに比べ古い車両でしたが、トイレの便座蓋に小さな取手がついているのを見て感動すら覚えました。
日本ではエチケットとして使用後に蓋を閉める場合が多いようですが(そのほうが流したときに菌が飛びちらない、という利点もわかりますが)、私はどうしても、蓋を開けるときに便座に指先が触れてしまうのが苦手でした。取手があれば、便座に触れずに蓋をあけることができます。
また、「和式」と呼ばれているトイレも、10年前にはヴェネチアの、観光客の来ないような場所には存在していました。つまり、日本だけの様式ではないのです。
それから、ビデ。安ホテルや一般家庭でもたいてい完備されています。
トイレの話ばかりですみません。

そういえば、缶ジュースの飲み口が汚れないようにアルミのカバーをつけているサンペレグリーノ、あれも北イタリアです。
それから、カナダで暮らしていたころ、不動産を見学しているときにエージェントが「この家はイタリアンキッチンを完備しています」と紹介してくれたことがあります。北米のイタリア移民の家にはキッチンが2つあることが多く、1階のキッチンは客に見せるもの(=使わない)、実際の調理は汚れてもいい地下のキッチンで、ということで、「イタリアンキッチン」と呼ばれているようです。

本場イタリアではキッチン2個持ちはそれほど一般的ではないようですが、それでもキッチンはピカピカです。イタリア人は家庭で料理することも多いのに、すごいことです。一方、家庭であまり凝った料理を作らない人の多いといわれるドイツ。ある劇を見たとき、高価なキッチンは備え付けるが、それを汚したくないばかりに冷凍ピザや宅配ばかりで済ませるドイツ人、という自虐ギャグのようなことをやっていました。

無駄なものが何一つなく、消毒液の香りがする雑誌のグラビアのような生活空間……イタリアやドイツには実際にそんな感じの家庭が少なくありません。

。でも、私はそういった生活がとくにいいとは思いません。日本のように、モノがごちゃっとあって、生活感のある空間の方が個人的には好きです。私は料理も大好きなので、キッチンはいつも使用中。もっとも私など、ドイツ人の元夫と義母からしたら、掃除に関しては嫁失格レベルだったので、言い訳にしか聞こえないかもしれませんが。その元夫、皿洗いのスポンジで床まで磨き、「靴についてる泥もレタスについてる泥も同じだ!」と幼稚園児並みの屁理屈が得意でした。

閑話休題。カナダに暮らしていた頃、友人家族が訪ねてきて、「お宅はまるで子供がいないみたいに片付いてるわね〜」と言われたことがありました。

別に嫌味ではありませんでしたが、特に褒められたわけでもありません(元夫は得意気でしたが)。さてこのカナダ、日本人清潔論者に多い主張に「日本人は靴を脱ぐから」というのも散見しましたが、カナダでも個人宅での土足は厳禁です。当のカナダ人は「アメリカ人は靴を脱がない」と文句を言ったりしますが、私の知っているアメリカ人たちは脱ぎます。カナダではくしゃみはタブーで、みな鼻をつまんで押し殺しますが、日本はそこまでではないですよね?

つまり、何人が清潔で、なぜなら何をどうするから、新型コロナが広がらなかったなんて言えないと思うのです。私は個人的に「欧米」という言葉が昔から大嫌いで、なぜなら欧と米は全然違うし、さらに欧と米それぞれの内部でも違うからです。結局、個人の問題だと思うのです。私個人はといえば、がさつで適当、コロナ以前は消毒液もワイプも使わなかったし、賞味期限が2年切れていても平気で食べ、お腹も壊しません。子育てもかなり大雑把でしたが、息子二人は毎年皆勤賞並みに健康です。

こんな一家ですが今のところなんとかドイツでコロナ禍を切り抜けてきました。子供たちはさておき、日本で育った私が感染しない(あるいは、していても症状がない)のは本当にBCGのおかげかもしれません。また、オランダで「ビタミンKが症状悪化を防ぐ可能性がある」と発表され、より体内に吸収されやすいK2を非常に多く含む納豆に注目が集まっていますが、納豆のおかげかもしれません。でも、確かなことなどまだ何一つないのです。

最初にも述べましたが、日本人が清潔だという意見には何の異論もありません。ただ、他国民より清潔だという比較や、それが被害を抑えたとかいう根拠はまったくないのです。そして、それにあぐらをかいてしまっては、Covid-19に対する本質的なことを見逃してしまう危険があります。

ましてや民度が高いなど……

愚の骨頂。