1  あれから2年が経過
 2018年8月初め、東京医大入試において女子受験生へのあまりにも明々白々の差別が行われていたことが発覚し、それが報じられてから2年目の夏を迎えた。2020年7月初めには、本件発覚のきっかけとなった文科省高級官僚の自分の息子の不正入試事件(贈収賄事件)の公判が始まった。公判経過の報道で人々は、不正入試事件を改めて思い出したはずだし、本件についての関心を再び呼び起こしてくれたのではないかと思う。もっとも、本件発覚がこの刑事事件の副産物であったことはあまり知られていない。
  本件の社会に与えた衝撃は相当なものであった。当たり前だ。絵に描いたような女性差別事件だからだ。そんなひどい話がまさか医学部入試で起きているとはと人々は呆れ、この社会の女性差別のしぶとさに怒りを新にした。当時、憲法学者の辻村みよ子さんはいみじくも「永久凍土」と適切に名付けた。以後、女性差別が語られるとき、本件はよく引き合いに出され、「有名」度が分かる。それでも社会の関心度は下火になりかかっていた。それに今年はコロナ問題である。
 弁護団日記でも報告されているが、裁判期日は取り消されようやく再開されたのが、2020年8月14日であった。この間、弁護団会議はZOOMで行われた。リアル会議の最後は4月6日であったので、弁護団員が顔を合わせるのはほぼ4か月ぶりであった。しかし、ZOOMでたびたび顔を見ていたので、久しぶりという感じはなく、オンライン文化(?)の恩恵の一端に触れた。
 女性差別に関して日本の対極にあるのはデンマークである。かの国ではどのように女性差別が撲滅され、どういう社会になっているのかを詳しく知るのに良い本がある。WANの「女の本屋」(https://wan.or.jp/article/show/9058)ですでに紹介されているが、『デンマークの女性が輝いているわけ』(澤渡夏代ブラント・小島ブンゴード孝子、大月書店)を読むと私たちも早く永久凍土を溶かしたいという思いが強まる。それを可能にした国があることに励まされる。

2 2020年8月14日の裁判手続き
  8月14日は、まず、進行協議が10時半から11時15分近くまで書記官室の隣の会議室で行われた。11時15分からはいつもの610号法廷での口頭弁論が行われた。進行協議では、この間の書類の提出の確認や裁判官からの質問や原告・被告代理人間のやり取りが非公開の部屋で行われる。名前のとおり、どのように裁判を進めて行くかという話し合いの場でもある。ここで、裁判官からの質問が出され(求釈明)れば、それが次回までの宿題になる。
 この日、それまで5回に分けて提訴されていた事件が今後は同時並行で審理されることも決められた。最後に次回期日を決める。その後で法廷に移動して口頭弁論となる。法廷では進行協議期日で決めたことの報告になる。非公開手続きなので、傍聴人には議論の経過は明かされず、結論だけが示されることになり、多くの場合には閉廷後代理人が傍聴人の質問に応じて、細部の説明をする。
 似たような非公開手続きには和解協議や弁論準備期日がある。和解は別として弁論準備期日でも基本的な議論はその場で行われ、法廷は開かれない。従って、部外者は議論の経過を知ることは出来ない。伊藤詩織さんの事件(元TBS記者の山口敬之氏から性暴力を受けたとして提訴。2019年12月に東京地裁は山口氏に330万円の支払いを命じた。目下、控訴審進行中)は、第1回期日以降は弁論準備期日が続き、公開の法廷に戻ったのは、最終段階の原告・被告本人尋問と最終弁論期日であった。
 本件のような進行協議期日では法廷の弁論は省略できないので、形式的に口頭弁論が開かれる。憲法の定める公開の原則と諸々の訴訟経済(効率的に裁判を行う利益)との折衷案であろう。但し、この方法では傍聴人には進行状況は分からない。本件では熱心に傍聴に見えるご両親や(原告本人にはそのような時間はなかろう)報道する人のために、全く公判が開かれない弁論準備ではなく、進行協議+口頭弁論となった。毎回、数人の人が傍聴している。経緯を見守って下さっている方々の存在は有難い。
 8月14日の期日で双方の主張はそれまでにかなり出されたので、今後はどのように立証するのかがテーマになることが確認された。原告側では、性差別の事実が原告本人にどのような苦痛を引き起こし、どういう被害を受けたのかを証明していくことになる。そのためには、原告一人一人に何が起きたかを「陳述書」という形でまずまとめてもらう予定である。担当弁護士を通じてそれぞれの原告の方に作成をお願いした。陳述書の作成と言っても簡単ではないので、担当弁護士との共同作業が始まる。原告の個別の生の声をどう正確に裁判所に届けることができるかが勝負となる。理屈ではなく(理屈は訴状と準備書面で述べた)、実態をどう表現できるか。それを読んだ裁判官にそれぞれの人の顔が浮かぶようなものを作成しなければならない。一つの山場である。
 さて、8月14日には裁判長が交代しており、今までの弁論の結果を引き継ぐという形式的な手続きとして、弁論更新がされた。弁論更新のやり方はさまざまであり、訴訟によっては、原告側が更新に当たっての意見陳述を行うこともある。裁判所は、期日に多くの時間を費やすことを通常は好まないらしく(物理的にも一つの事件に割ける時間は限られざるを得ない。特に、東京地裁のような大きな裁判所では。)、意見陳述の時間を確保することは容易ではないこともある。しかし、日本の民事裁判は口頭主義なので意見陳述をさせないということは出来ない。本件では、定型的な弁論更新手続きであった。裁判官との間で「裁判官が変わりましたので、従前どおりでよろしいですね」「はい」というやり取りである。
 因みに、新裁判長は鈴木昭洋裁判官で伊藤詩織さん事件の裁判長であった人だ。二つの事件は同じ部に係属していたのだ。私は伊藤詩織さんの代理人でもあったので、鈴木裁判長には一定の信頼を抱いている。当事者の言い分に真摯に耳を傾け、常識的な裁判の進め方をされる人という印象である。

3 その他の事件
 順天堂事件の次回期日は、二転三転した結果(ほとんどすべての事件が一斉に取り消されたので再開期日を決めるのは調整が大変そう)、9月10日(木)15時から弁論準備期日として開かれる。聖アリアンナ事件は、交渉が成立しなかったので、9月中の提訴を目指して準備中。

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