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『エンブリオロジスト 受精卵を育む人たち』  須藤みか

2010.09.29 Wed

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野田聖子衆議院議員が米国で第三者からの卵子提供を受け、妊娠をしたことを公表しました。遅々として進まない生殖補助医療(不妊治療)の法整備に一石を投じたいという覚悟を感じましたが、卵子提供や代理母だけが議論せねばならないテーマではありません。

エンブリオロジストという言葉をご存知でしょうか。ヒトの精子と卵子を体外で受精させ、「いのちの素」となる胚を生みだし育んでいく職業です。生殖補助医療を考える時、エンブリオロジストの社会的地位の確立と責任の明確化も避けては通れない課題のひとつです。

エンブリオロジストは、彼らの技量によって妊娠率も左右されると言われるほど重要な役割を担っていますが、医療者としての特化した国家資格はなく、国は技能水準についても定めていません。精子を卵子に注入する顕微授精という技術では、エンブリオロジストがたった1個の精子を選びます。同じ両親に生まれながらきょうだいの性格や外見が異なるように、エンブリオロジストがどの精子を選ぶかで、その子どもや家族の人生が変わる可能性もあります。それほど重い責任を負う仕事なのですが、規範となるのは「生殖補助医療に精通した高い倫理観を持つ技術者を有することが望ましい」とする日本産科婦人科学会の会告だけ。受精卵管理や技術者の技能教育などは医療機関任せになっており、歴然とした技能格差が存在しています。
私自身が不妊治療患者でした。医師でもなく看護師でもない、白衣を着た人物が目の前に現れ「あなたの卵は…」と説明を始めた時、この白衣の人物は何者なのか疑問に思いました。1年半あまり続けた治療が失敗し、しばらくして取材を開始しました。ライターとして感じた疑問が一番の動機ですが、患者としてどのような治療を受けたのかを知らなければ私の不妊治療は終わらないと思ったからでした。それほど曖昧なことが多いと感じた治療だったのです。

08年に体外受精によって生まれた赤ちゃんは2万1,704人。年間の出生数で初めて2万人を超え、累積すると約21万5,800人の日本人が体外受精によって生を受けました。新生児の50人に1人が体外受精児(07年は56人に1人)となった今、生殖補助医療が不妊に悩む特定の人たちだけの問題とは片付けられないのではないでしょうか。日本の社会が、次世代の日本をどのようにつくっていくのかという議論に関わる問題だと思うのです。

自身の掌にゆだねられる「いのちの素」の重さに悩み、苦しみながらも、この仕事を愛するエンブリオロジストたち。その等身大の姿を通して、生殖医療現場の現状を知って頂ければと思います。
(ノンフィクションライター 須藤みか)








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