
ガザとともに考える 2
ガザの惨状をもたらしているものとは何か。その一つにイスラエルの政治家・軍人のマチズモが考えられる点を先日書いたが、彼らの露骨な女性軽視あるいはセクシズムは、女性たちの死傷者数を見るだけでも明らかだろう。彼女たちはハマスでないことが自明だとしても、その命が顧みられることは決してない。
とはいえ、イスラエル軍の行動の動機はもちろんこれだけでは語り得ない。ハマスからあれだけの「野蛮」な攻撃に晒されたのだから、徹底してやり返すことをやむをえないと考える人はいるだろう。ただ、そうした説明はわかりやすいが、頷ききれないところがある。
ハマスの場合、その行動が報復を招くことは自明ではあったものの、長い被支配の歴史をみれば、状況を変える手段が乏しかったことだけは理解できる。だがイスラエルについては、より多くの選択肢をもちながら国際社会に広く怒りと憎悪を植えつけ、将来の危険を呼び寄せるような行動を続けるのは理解に苦しむ。
だが同時に思い出すのは、差別が根底にあるとき人は不合理な行動でもとりがちだということだ。自らに対する批判を「反ユダヤ主義」の名で一蹴しうる環境の下では、自らの人種差別的な加害性は自覚されにくい。とすれば、ここには己のレイシズムが潜んでいる可能性が高いだろう。
あの攻撃の根にイスラム教徒へのレイシズムの転嫁と反復があると思うと、迫害を背景にした建国理念とその継続というだけではしっくりこないあの残虐性の理由が腑に落ちる。そのように考えるきっかけを与えてくれた書籍が、ケンブリッジ大学の歴史学者ルーシー・デラップによる著書、『フェミニズムズ』だ。
フェミニズムを複数形で用いることを提唱する本書は、非西洋・障害者・レズビアン・トランスジェンダー・労働者階級など、「主流派」が排除してきたマイノリティの視座を重視するかたちで女性運動の歴史を捉え返すことをめざした冒険的な書物である。
本書を読むと、世界では「第一派」「第二派」といった欧米基準の区分とは別に、ナポレオン侵攻後のエジプトで湧き起こった女性運動をふくむ様々な行動が、古くから地域それぞれのやり方で実践されていたことがわかる。
そのなかで、グローバルノースの側は自らの「先進性」を誇示しがちであったし、サウスの人々も自分たちの声を届けるのに必死だった。デラップは主張の違いをもたらす背景を丁寧に描きながら、ときにはサウスの論者による明瞭な誤認についてもごまかすことなく記述している。
本書を読んでいて強く感じるのは、一貫した公平性の感覚である。例えば「母性」のように昨今のアカデミズムでは肯定的に評価しえないだろう概念についても、中絶の強制がはびこる社会では抵抗の表現として有効に機能したことが語られている。
なお、本書の日本版カバーにベールをまとったアフガニスタンの女性、ミーナ・ケシュワール・カマルの画を掲げたのは、デラップの筆致の誠実さをここでも表現したいと考えたためだ。ベールは西欧では女性差別の象徴として忌み嫌われがちだが、ときには女性自身によって選び取られ、自己表現のすべにも、ガリ版刷りの機関誌を密かに運ぶ手段にもなってきたのである。
ガザに戻ろう。「フェミニズムズ」という視点を取り入れることで、欧米諸国がイスラエルを支援しつづける動機の底にあるものが、自然とより鮮明に見えてくるはずだ。そして今後、彼の地で起きることを見つめつづけるなかで、日本に住む私たちに何ができるのか、改めて考える機会にしていただけることを願っている。
◆書誌データ
書名 :フェミニズムズ――グローバル・ヒストリー
著者 :ルーシー・デラップ
訳者:幾島幸子
頁数 :416頁
刊行日:2023/10/19
出版社:明石書店
定価 :3850円(税込)
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