エッセイ

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なぜそこまで働く?(ドラマの中の働く女たち・4) 中谷 文美

2013.12.25 Wed

『サプリ』
放映:2006年7月~9月、フジテレビ系列
原作:おかざき真里(2003~2009年、祥伝社『FEEL YOUNG』に連載)
脚本:金子ありさ、主演:伊東美咲
公式ウェブサイト:http://www.fujitv.co.jp/b_hp/suppli/

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください. 28歳の藤井ミナミ(伊東美咲)は、大手広告代理店のCMプランナー。「いつ寝てもすぐに起きられるように、わざときつめのスーツを着る日々」が続き、徹夜も休日出勤もいとわない毎日を送っている。4年越しの恋人とも生活のペースが合わず、「もう無理だ」と別れを告げられてしまう。

 そんな藤井の職場に、上司の今岡響太郎(佐藤浩市)の口利きで採用された石田勇也(亀梨和也)がアルバイトとしてやってくる。勇也は大学を中退したフリーターで、早逝した父親の友人である今岡の紹介でいったん他社に就職したものの、すぐに飛び出してしまった経験がある。その後もバイト先を転々とするばかりだった。この広告会社でも、ただのバイト扱いされることに疎外感を覚える一方、仕事に夢中でプライベートは二の次といった藤井の働きぶりを見て、「なんで…そんなにまでして働くんですか」と問わずにいられない。

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 広告業界で高い実績を上げてきた今岡は、会社に出入りするフリーのコピーライターで、藤井の相談相手でもある柚木ヨウコ(白石美帆)とつきあっているが、離婚した妻のもとにいた一人娘のなつき(志田未来)と突然同居することになる。元妻が長期の仕事で海外に行くことになったからだ。だが、あいかわらず仕事に没頭する今岡となつきの関係はぎくしゃくしたままだった。

 藤井は、営業のエース荻原智(瑛太)に好意を持つようになるが、荻原は社内の同じ営業職で既婚者の田中ミズホ(りょう)との関係を清算しきれずにいる。一方、石田はクリエイティブ採用試験にチャレンジすることを決め、指導係となった藤井にしだいに惹かれていく…。

 フジテレビの月曜9時(通称「月9」)といえば、高視聴率の恋愛ドラマを次々に送り出してきた看板枠であるが、この『サプリ』は、<「ちゃんとお仕事する」月9><仕事に透けて見える恋>といったコピーで宣伝されており、恋愛劇を軸に据えつつも、全体として仕事の場面の具体性が重要視されている。もともと原作のコミックには、主人公の藤井と周囲の仕事関係の女性たちとの間に進行する、恋愛のもつれもふくんだ緊張感あるやりとり、あるいはエールの交換が、ドラマよりも濃厚に描かれていた。人物設定やストーリー展開がかなり異なるドラマのほうでも、そうしたセリフの一部を生かしたシーンが随所にちりばめられている。

 だが、同じ職場であっても、そこで働く女性たちの立場はさまざまだ。クリエイターのチームにいる正社員の女性は藤井だけで、コピーライターの柚木はフリーの専門職という設定だし、経理デスクの渡辺ユリ(浅見れいな)を始めとする一般職の女性たちは、全員20代で独身。藤井を含むクリエイターたちとは物理的にも時間的にも、一線を画した働き方になっている。自分たちは「どうせ相づち係か、もしくは合コン仕込むときの受付窓口くらい」にしか思われていないと反発する渡辺には、その実「モノを創る方に行きたい」という思いもある。

 彼女は自分の席がある一般職エリアを見渡しながら、石田に向かってこんなことを言う。「3年・5年て、知ってる? 四大出で3年、短大卒で5年。その間に相手見つけないと、社内結婚は無理だって言われてる…。ばかばかしいと思うでしょ? でもこの席の子たちはみんな、それねらってる。本気で。だから、よけい思うの。毎日ここから見てると、まぶしいなあって。」渡辺は、「いっつも忙しそうで、キラキラして」「なんでも持っている」ように見える藤井にひそかにあこがれ、同時に反感を抱いてもいる。

 私が授業の中で複数のテレビドラマを学生たちに見せ、もっとも共感するキャラクターを選んでもらうと、どの大学の女子学生からも意外に多くの支持が集まるのが、この渡辺ユリである。それなりに実力を認められている場で、一心に仕事に打ち込む主人公の藤井ではなく、「本当はなりたいの、あんなふうに。でも、それ認めたらよけい自分がみじめじゃない。認めたくないじゃない」というセリフを吐く渡辺のほうに親近感を持つのはなぜだろうか。寝食を忘れて働く女性の姿に、カッコよさよりも痛々しさを感じるのかもしれないし、渡辺同様、あんなふうにはなれないという諦めをあらかじめ持つのかもしれない。

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 過去の連載で紹介した作品に出てきたような「がんばる女性の足を引っ張る男性上司」は、このドラマには珍しく登場しない。ただし、原作のほうでは健在である。会社の厚生部主催のお茶やお花といったカルチャースクールに通う同僚OLたちを指して、「君は“あっち側”に行かなくていいの?」と藤井に問う上司は、カリスマ・クリエイターという設定になっている。「適当に仕事して、5時であがって、おしゃれして」「“適度”とか“適当”とかが許されるのが女子のメリットなんじゃないの?」「女子として楽しようと思わないの?」とたたみかけられた藤井は、「楽…するために働いているわけじゃないので」と返すが、そこに降ってくるのは「あくせくした女子は公害だよ」という言葉。そういう上司のもとで「仕事ってなんだ」と悩むストレスから解放されるには、女性自身が出世するしかない、という解も示される。

 逆にドラマのほうで新鮮に映ったのは、クリエイティブ・チームの束ね役である今岡が、娘との約束を果たすために、仮病を使ってクライアントへの重要なプレゼンの場を抜け出し、ピアノの発表会場に駆けつけるというエピソードである。プレゼンに居合わせた同僚男性も、仕事に追われ、息子の誕生日プレゼントを買い忘れたときに、アルバイトの石田に奔走して探してもらった経験を持っており、今岡の決断をそっと応援する。

 恋愛に悩みつつ仕事中心の毎日を送る登場人物の女性たちに、まったくといっていいほど生活感がない(唯一の既婚者、田中ミズホにも子どもはいない)のに対し、男性社員のほうがむしろ家庭との葛藤を抱えているという設定になっていることが興味深い。だがこの今岡自身も、結婚していたときには妻や娘を顧みない生活を送っていたわけである。彼に娘を託した元妻は、クリエイティブ・ディレクターである顔とは別に、そろそろ別の顔、「ただの、お父さん」としての顔を持ついい機会だという言葉を残す。

 「なんで…そんなにまでして働くんですか」という問いを男性である石田が女性の藤井に対して発するところにも、時代の変化が表れてはいる。が、男性だろうと女性だろうと、仕事に大きなやりがいを感じつつ、仕事以外の生活にも十分なエネルギーが割けるような状況は描かれないのである。

 日常の生活時間の大半を職場で過ごし、「仕事=人生」という設定で進んできた原作コミックの最終盤で、藤井ミナミが出産後も仕事を続ける決意をするが、ほんの少し垣間見える「その後」のありようが、希望といえば希望である。そういう生活はドラマチックじゃない、のかもしれないが。

 「ドラマの中の働く女たち」は、毎月25日に掲載の予定です。これまでの記事は、こちらからどうぞ。








カテゴリー:ドラマの中の働く女たち

タグ:ドラマ / 働く女性 / 中谷文美

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