エッセイ

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裁判で離婚が認められるには(5)【打越さく良の離婚ガイド】NO.3-17 (42)

2015.02.18 Wed

42 裁判で離婚を認められる場合はどんなときですか(5)― 強度の精神病で回復の見込みのないとき

 38回からスタートした民法770条1項の離婚原因、今回は第4号の「強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」を取り上げます。

◎不治の精神病

 民法770条1項4号は、①強度の、②精神病にかかり、③回復の見込みがない、という3つの要件がみたされた場合、配偶者の精神病を離婚原因にできるとしています。②だけでなく、①、③も必要です。単に精神病にかかっているというだけでは、離婚原因になりません。

①~③のどの要件も、医学的な判断を必要としますが、その上で、最終的には裁判官が判断します。

①強度の、というのは、精神的な交流が図れず、共同生活を続けることができない程度の重い精神的障害であるか否かです。どの病名かは重要ではありません。また、成年被後見人だからといって当然に離婚原因があることにもなりません。

③回復の見込みがない、という点については、ある程度長い期間治療が継続されていないと、回復不能かどうか判断は難しいでしょう。そこで、ある程度長い期間の治療の継続も、実際上要件となっているといえます(通説)。

◎その後の生活への手当が必要

 「ええ…。離婚が認められてしまったら、配偶者は一体どうなるの…」と心配になるでしょうか。

 裁判所もその点を配慮しています。

  民法770条2項は、「裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。」としています。

最高裁判所は、以下の通り、精神病にかかって回復の見込みがない配偶者の今後の療養、生活をこの2項の問題としています。「民法は単に夫婦の一方が不治の精神病にかかった一事をもって直ちに離婚の訴訟を理由ありとするものと解すべきでなく、たとえかかる場合においても、諸般の事情を考慮し、病者の今後の療養、生活等についてできるかぎりの具体的方途を講じ、ある程度において、前途に、その方途の見込みのついた上でなければ、直ちに婚姻関係を廃絶することは不相当と認めて、離婚の請求は許さない法意であると解すべきである」(最判昭和33・7・25民集12・12・1823)。

現在の実務においても、具体的な方途を講じたかどうかを常に問題とする扱いが定着しています。不貞(1号)等ほかの離婚原因にはない異色の扱いですが、精神病にかかったことに責任はないこと、精神病にかかった配偶者に対する離婚請求を認めること自体に同義的な疑問がないわけではないこと、離婚後の自立が考えられないから今後の療養生活に配慮すべきことなど、精神病を原因とする離婚に特有の事情があるといえます。もっとも、具体的な方途を講じることを約束した一方の配偶者にそれを守らせる方策がないとか、富める者だけが請求できる離婚原因か、といった批判もあります。

判例を踏まえて、その後の裁判例では、①国や自治体の費用による入院加療が現に行われているか、または近日中に可能になる(金沢地判昭和36・5・10下民集12・5・1104、東京高判昭和58・1・18判タ497・170)、②離婚判決と同時に療養・生活費に見合う財産分与の決定がなされ、その通り履行される見通しもある(大阪地堺支判昭和37・10・30家月15・4・68、札幌地判昭和44・7・14判時578・74)、③近親者その他の者による病者の引き受け態勢が出来ている(大阪地判昭和33・12・18下民集9・12・2505)、④原告自身、財産分与あるいは離婚後の扶養として可能な限り協力すると表明している(横浜地判昭和38・4・12判時341・36、東京地判昭和39・5・30下民集15・・5・1271)、などの事情がひとつまたはいくつかを認めれば、離婚を認めています。

最高裁でも、婚姻後3年で夫婦が別居し、離婚交渉をしていたところ、妻が発病し入院し、訴えの提起後、夫と妻の父との間で、過去の医療費の分担に関する示談が成立し、夫が今後も可能な範囲で医療費を負担すると表明しているという事案で、精神病を原因とする離婚を認めました(最判昭和45・11・24民集24・12・1943)。夫には十分な余裕はなく、妻の実家は余裕のある資産状態だったことなども配慮されているようです。

◎具体的な手続

 強度の精神病にかかっているからといって意思能力もないとはいえませんが、意思能力があるかないかわからない相手に署名押印させて協議離婚をしてしまうのは、強引のように思えます。

 意思能力がある場合には、調停は可能ですが、家庭裁判所の医務官に立ち合いを求めることが適切です。

 意思能力がない場合には、調停での話し合いによる解決は難しいので、訴訟を提起することになるでしょう。その場合、「事理を弁識する能力を欠く常況」にある場合には、まず成年後見人選任の申立てをして成年後見人を選任してもらい、その成年後見人を被告として離婚訴訟を提起することになるでしょう(人事訴訟法14条1項)。

◎民法改正?

 1996年2月に法制審議会が提出した民法改正法律案要綱http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi_960226-1.html では、この離婚原因は廃止されることになっています。審議の経過で、この点は、一般的な「その他婚姻関係が回復の見込みがない程度に破綻しているとき」の有無として検討すればよいことで、精神病離婚の規定を残しておかなければいけない必要性はなく、むしろ、精神病者に対する差別感情を助長するおそれがある指摘されたことによるものです。

 しかし、この点の改正はいまだ実現していません。

カテゴリー:打越さく良の離婚ガイド

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