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まずは発達障害について 秋月ななみ

2012.09.15 Sat

発達障害かも知れない子どもと育つということ。1

 子育てについてのエッセイと決めて取りかかろうとしたのだが、どうもうまくいかない。文章を書くときには、なにかそれなりにはテーマを決めるのが普通である。子育てというだけではあまりに漠としている。ところがテーマを決めようとしても、テーマが分散してしまって決まらない。娘を発達障害ではないかと疑っていることとか、自分と母の関係とか。また夫との関係については、相手のあることだから今の時点では書きにくい。たぶん、ここのところの自分の人生は聞いたらびっくりされるほどいろいろな問題に見舞われていて、けれどもその問題が複雑に絡まっていて、どこかひとつに焦点をあててそれだけ書いても、よくは伝わらないのではないかと思う。

 というわけで、まぁ本当に徒然と子育てについて、思うところを書かせて貰えれば有難いと思う。あちらこちらにとっちらかっているようにみえるのは、問題自体がとっちらかっているからだとお許し願いたい。

 まず今は、娘が発達障害なのではないか、と思っている。近年、このにわかに注目をあつめてきた発達障害であるが、平成14年2月から3月にかけて文部科学省が調査研究会に委嘱して実施された『通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査』の結果によると、「知的発達に遅れはないものの学習面や行動面で著しい困難を示す児童生徒の割合は6.3%であることが明らかになりました」(文部科学省HP  http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/1298161.htm)。

 この文部科学省の調査は、結論先にありきであると批判されている。私も6.3パーセントという数字は大盤振る舞いだと思うが、通説でも1-2パーセントくらいはいるという。こちらは、個人的な実感としては合っている。私は大学で教えているが、学生のなかに、「この子は発達障害だろう」と思われる子はたくさんいる。突拍子のないコミュニケーションをしたりするために、対人関係があまりうまくいかず、不器用でいじめられたり、ぎゃくに他の学生に迷惑をかけておいて本人はケロッとしていたり。大学でも最近は年度初めに渡される学生指導の手引に、発達障害について多くの紙幅が割かれていることが多い。が、教員の理解はまちまちで、傍目にも歯がゆい思いをさせられることもある。

 学生について書いたが、何よりも大学(教員の側)は、私の目から見ても発達障害の巣窟である。発達障害の子どもに最適な職業のひとつとして「研究者」が挙げられるが、その通りだろうと思う。シリコンバレー働く人の半分くらいは発達障害だ、といわれることもあるが、たとえそうだとしても驚かない。他の楽しみがあるのに、勉強という普通の人にはつまらないものに集中することができる、という時点で相当、変わっているというのは事実である。熟達した医師は、ぱっと見ただけで発達障害を見分けられる、というが、素人の自分でも「この人は発達障害の気があるんだな」というのはだいたいピンとくる。といってもそれが正しいという保障はなにもないし、だからなんだという話だけれど。

 そもそも「発達障害」というラベル自体が、胡散臭いのも事実である。発達障害は、単一の遺伝子によって引き起こされるものでもないし、原因自体がまだまだ解明されていない。流石に養育によってのみ引き起こされると考えられた時代は去った。『冷蔵庫マザー refrigerator mother』、冷蔵庫のように冷たい母親が育てたから、子どもが自閉症になったのだという考え方である。それでも遺伝説と環境説は、つねに論争的なままだ。双子の片方が自閉症の場合、もう片方が自閉症である可能性は、一卵性双生児の場合は二卵性双生児に較べて、はるかに高い。しかし完全に100パーセントではない、という事実をどう解釈するのか、などなど。また 最近、「発達障害」の数が増えていることについて、「発達障害」というラベルができたから多く見出されるようになったのだと主張する人がいれば、いや環境ホルモンなどの化学物質などの影響によってあきらかに増えているのだと主張する人もいる。

 発達障害にかんして考えるときには、「スペクトラム」という概念が参考になると思われる。イギリスの児童精神科医であるローナ・ウィングは、対人関係の障害・コミュニケーションの障害・想像の障害などの「ウィングの3つ組」から自閉症を定義した。ウィングが優れていたのは、レオ・カナーの定義した古典的自閉症(早期幼児自閉症)の延長線上に、言語によるコミュニケーション能力や知的能力が高いアスペルガー症候群を並べて、「自閉症スペクトラム」を提唱したことにある。「自閉症スペクトラム」は、カナーの提唱した自閉症にアスペルガー症候群、「さらにその周辺にあるどちらの定義も厳密には満たさない一群を加えた比較的広い概念」(内山登紀夫・水野薫・吉田友子編『高機能自閉症アスペルガー症候群入門』、2002年:10頁(内山))をさす。これらスペクトラムという考え方によって、「基本的に自閉症という障害があって、アスペルガー障害という障害がある。ADHDという障害があって、LDという障害があると、これはそれぞれ別だと考えられていたのです。だけどスペクトラムという概念で考えると、これは別々ではなくてかなり近いのだということになってきます」(内山登紀夫、2012年http://www.ypdc.net/autism/index.html)と考えることも可能になる。同様に、例えば佐々木正美は、「自閉症だけをスペクトラム(連続体)と捉えるのではなく、自閉症も、AD/HDも、LDも含めて『発達障害スペクトラム』と考えるようになりました」(佐々木正美・諏訪利明・日戸由刈著『わが子が発達障害と診断されたら』、2011年:48頁)と、「発達障害スペクトラム」という考え方を提唱している。

 このようなスペクトラムという考え方は、発達障害のあいだがなだらかに続いていることを意味するだけではなく、おそらく健常者と発達障害者との間もなだらかに続いているということも意味するのではないかと思う。たとえば「自閉症感受性遺伝子を持っていると、技術的なことに興味を持ちやすくなります。最近、サムがプリンストン大学の新入生全員を調査したところ、技術分野(科学、工学、数学)に関心のある学生のうち、25人中1人に自閉症スペクトラム障害のあるきょうだいがいることがわかりました。人文科学、社会科学を専攻する学生の場合、この割合は82人に1人なので、実に3倍以上ということになります」(サンドラ・アーモット、サム・ワン(関一夫監訳)『最新脳科学で読み解く0歳からの子育て』東洋経済新報社、2012年:305頁)。自閉症として発現するかもしれない遺伝子は、論理的・数学的な思考の強さとして発現することもあるのだ。

 現実に発達障害がどのように扱われているかを考えれば、例えばインターネット上で頻繁にみられる「お前はアスペか」という罵り言葉がある。これは空気を読めなかったり、よろしくない発言をしたりする人に対して、「アスペルガー症候群だろう」というレッテルを貼って、発言を無化しようとする試みである。また残念ながら、いくつかの少年犯罪の加害者がアスペルガー症候群などの発達障害であったという可能性が、立て続けに報道されている。また先日はアスペルガー症候群の加害者が一方的に加害者意識を募らせ、何の落ち度もない姉を殺害したという事件が報道されたばかりだ。裁判員裁判ではなんと、発達障害を理由に求刑以上に刑が加算された。「発達障害『者』」のイメージは、決してよくはない。しかし自閉症がスペクトラムならば、「発達障害」という本質をもった「発達障害者」がいると考えるよりも、発達障害の傾向という症状をたまたま示す人がいると考えることは可能ではないか。

 発達障害かも知れないと思う子どもを育てることは、将来への不安で胸が締め付けられそうになることでもある。もちろん、子育てには喜びもたくさんあるし、苦しみも醍醐味であったりする。がしかし、「この子はひとりで生きていけるだけのスキルを身につけられるのだろうか」、「仲間外れにされて病気になったり引きこもりになったりしないだろうか(二次障害)」と考えだすと、際限がない。もちろん引きこもりになったらいけないというわけでもないけれど、でもできれば他人とのなかで社会に受け入れられて生きていって欲しいと思ってしまう。そして「あれも発達障害のせいなのだろうか」、「これも発達障害のせいなのだろうか」。発達障害の兆候を見出しては、一喜一憂してしまう。

 しかし子どもが発達障害であろうとなかろうと、発達障害というラベルが、ある程度の「問題の在りか」を示してくれているのだと考えれば、子どもの課題を教えてくれる有難く、便利なことではないか、と考えるようにしている。それは「子どもの障害を受け入れない」ということとはちょっと違って、子どもの存在や個性を「発達障害」で塗り込めないための自戒のようなものだ。

 なんとなく発達障害について書くだけで今回は終わってしまったが、次回からはもう少し、子育てについて書いてみたい。よろしくお付き合いください。

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発達障害とは?

発達障害とは、暗黙の社会のルールがわからなかったり、他人とうまくコミュニケーションがとれなかったり、他人の立場に立って考えられなかったりという、そういう「障害」である。2003年に発達障害者支援法ができてから急速に認識が進んだ。文部科学省のHPをみてみると、「この法律において「発達障害」とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるものをいう」。

また本文ではスペクトラムの考え方を主に紹介したが、もちろん、DSM-IVやICD-10のような国際診断基準ではカテゴリー概念を採用している。こうしたカテゴリー概念を使うと問題の所在が明らかになりやすいだけではなく、統計分類や集計が容易になるという利点がある(内山登紀夫・水野薫・吉田友子編『高機能自閉症アスペルガー症候群入門』、2002年:12頁(内山))。

タグ:子育て・教育 / 発達障害 / 秋月ななみ