2012.11.10 Sat
2010年11月にやっと始まった術後抗がん剤は、まさにこけつまろびつの推移を見せた。日記を読み返すと、月曜日に涙マークがついていることが多い。「今日もだめだった・・白血球1.3 好中球380」などと書いてある。白血球の標準値は4.0〜9.0(単位は×10の3乗、つまり4000個〜9000個)。私の値は最低値の3分の1である。こりゃあかんわ。
好中球というのは白血球の成分のひとつだが、抗がん剤治療の目安に利用されるのにはわけがある。好中球は白血球の半分強を占めていて、健康な人ならその数は2500〜6000個。主な役割は、体外から侵入してきた病原菌などを取り込んで貪食(体当たり攻撃による排除)することである。私たちが一般的に白血球の役割として認識しているのが、この好中球の仕事なのだ。
好中球が2000個を下回ると「好中球減少症」とされ、いわゆる抵抗力のない状態、病原菌の侵入に対処できず、感染症を引き起こす危険な状態だということになる。さらに500個を切ると、病原菌が血液中に入り込んで重篤な感染症を引き起こす危険があるため、厳重な注意が必要になるのである。間質性肺炎とか敗血症とかでコロっと死ぬらしい(by友人の女医。ちなみに彼女の名言「落とし穴に落ちて死ぬのはバカだよ、自分から落とし穴掘らないようにね」)。わたしゃ好中球380でスーパーに買い物に行ってただよ、ああ、落とし穴。
抗がん剤の投与のあと、さまざまな副作用が時間差でやってくるため、基本的な生活そのものが維持しづらくなる。投与当日は軽いめまいと吐き気と眠気。翌日から激しい下痢や猛烈な吐き気がまる3日続く(私の場合ですよ)。5日目あたりでケロリとおさまり、食欲も元気も出てくるので、さて、たまった家事をこなさねば、クリーニング屋にもスーパーにも行かねば、実家にも様子を見に行かなきゃ、友人ともお茶したいな、ということになる。そしてその頃から好中球ががっくり減り始めるので、外出自粛のジレンマに陥るわけである。
好中球は抗がん剤の投与後10日目あたりで底値になり、その後徐々に回復する、ことになっている。ところが、好中球が下がり始める8日目には次の点滴が待っており、そもそも1000個ぐらいしかなかった好中球が1回目の点滴で380まで下がってしまっていたら、2週目の点滴などできるはずがない。こういう具合に治療はのびのびになっていき、スカスカの好中球の状態で、やむを得ず用足しに歩き回ることになるのだ。
抗がん剤治療中とはいえ生活は待ってくれない。子どものことでどうしても遠くまで出かけなければならないこともあり、医療用マスクに手袋(引っかき傷を作らないため)、帽子にサングラス(紫外線があたるとまずい)という、どう見ても怪しい風体でそーっと電車に乗ったりするのである。元気だったころには、「あの人、こんな季節にマスクして変なの、芸能人かしら」などと思っていたが、今あたりを見まわすと、「あ、あの人もきっと抗がん剤治療中なんだ」と思う人がたくさんいる。座りたいだろうな、若いから無理して立ってるんだろうな、と気の毒に思うことも多い。当事者視点というのは、ことほど左様に獲得が難しいものなのだと痛感する。
さて、好中球減少症のせいで感染したと思われるのは尿路感染症と水虫であった。女性は尿路が短いために常在菌による感染の危険性が男性より高いのだそうだが、好中球が減少するとやっぱりやられる。私は膀胱から腎臓までのステントが入っているため、背中の痛みが出たときには何か重大な合併症かと肝を冷やした。結局1週間の入院。水虫は亭主がスポーツクラブでもらってきたものに、やすやすと感染した。皮膚科で塗り薬をもらってことなきを得たが、なんか水虫にやられた、というイメージ自体がいやだった。かゆかったし。
11月27日、初孫のお宮参りに渋谷の金王神社に出向く。22日に予定されていた2クール目第1回の点滴が打てなかったため、棚ぼたみたいに参加できたのだった。抗がん剤治療中は本当に「予定の立たない人」になってしまう。好中球の値に徹底的に振り回されるのだ。
11月末になっても術後に予定されている6クールが1クールしか消化できていない事態に、私は頭を抱えた。これでは4月の職場復帰は完全に無理である。最後の抗がん剤投与から、少なくとも3ヶ月は静養しないと、主治医から復職の許可はおりない。
私は大学に休職期間延長の申請を出した。おおむね好意的な反応が帰ってきたが、前学長が亡くなったあと、総務部長の学長代理執務の時期を経て、9月末の新学期に新しい学長が着任したばかりということもあり、学内には微妙なさざ波が立ち始めていることが手に取るようにわかった。人手不足で経営も苦しい弱小短大としては、いくら私学共済が認めているとはいえ、18ヶ月に及ぶ職員の不在が迷惑でないはずがない。理事長から下された辞令「2011年度前期末日までの休職を命じる」の文面を睨みながら、なんとしてもこの病を克服しなければ、そのためには何でもする、と決意を新たにしたのだった。
豆知識:代替療法その3 サプリメントと民間療法
大多数の医者が「民間療法? だーめだーめ!」というのは、わからなくはありません。あやしげな治療法がまかり通っている実態を、患者はおそらく医者よりモロに体験するからです。
サプリを見ただけで悲しくなるような百花繚乱状態。ナントカ波動水1リットル2000円、中国産キノコの粉末カプセル1瓶8000円、サメの軟骨パウダー1ヶ月分12000円、株式会社***の複合栄養パックがん患者のみなさまへお勧めセット1ヶ月分8万円、奇跡のハーブティ100パック入り3万円、南米のミラクルフルーツの濃縮エキス会員価格で1本15000円、とにかく私が見聞きした、あるいは強く勧められた商品だけでも数十種類に及びます。これがみんな売れてるのか? これじゃー麻原彰晃の入った風呂の水2リットルで1万円という買い物する人がいるのもわかるわ・・・。
親しい友人から「だめもとでやってみれば?」と好意とともに伝わってくる場合も多く、そうでなくても癌がらみで人間関係が複雑になっているところ、余計な気を使わなければならないのがやっかいでした。反面、そういった働きかけが嬉しかったこともまた事実です。試す試さないは私次第なわけですから、情報として頂戴する分には害はない。勉強だ、資料だと思えば面白いわけです。結局私は、「癌に効く」と巷間ささやかれている類いのサプリメントをひとつも購入しませんでした。頂戴したものも多かったのですが、ちょっと試して結局続けませんでした。癌になる以前から健康食品として食べていたものだけが、結局今まで続いているということです。
医者の中には「自然療法? 非科学的ですねえ(こりゃー腫瘍精神科に送ったほうがいいかな)」という態度の人と、真面目に伝統療法を治療に取入れようとしている人が、両方いることも知りました。
各地に伝わるいわゆる「手当法」を取り入れ、標準治療に加えて癌治療を行おうとしている阪大のドクターが主催するグループに参加していますが、これがなかなか面白い。上海に「群体抗癌(みんなで癌をやっつけよう)」という患者グループがあるということを知ったのも、そこからでした。人と助け合うことで治癒率は有為に上がるのだそうです。
この考え方の根幹は「手当」に繋がっています。「手当」というのは、生姜やさといもなど精のつく野菜を使った湿布や、鎮痛効果のある枇杷の葉灸、マッサージや砂浴など、自分と周囲の人間の力で身体のお世話をすることですが、一人ではできないことが他者の手を借りることで可能になるという当たり前の倣いが、癌と闘うにあたっていかに必要かをつくづく感じています。
私の妹はしょっちゅう私に新鮮なジュースを絞って届けてくれ、枇杷の葉灸やマッサージをしてくれます。亭主は休みの日に海岸で私を砂に埋めてくれたり、野口整体の活元運動を手伝ってくれます。特に亭主の場合は同居人ですから、利害の対立からむかつく瞬間も(お互いに)多いのですが、病気になった人間が全てを一人で仕切りつつ闘病することの利と、時にはうんざりしながらも他人の協力を得ながら病気に立ち向かうことの利、どちらが大きいかを考えてみると、私はやはり後者かなあと思っています。究極の民間療法は、時に対立しながらも協力しあう人間関係の中にあるのかも知れないと考えるこのごろです。
次回:休職期間延長・本格的な療養へ 豆知識:代替療法その4 転地療養
連載「フェミニストの明るい闘病記」は、毎月10日に更新の予定です。本連載の以前の記事は、こちらからお読みになれます。
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