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『夢売るふたり』妻がつくったシナリオで、夫が仕掛けた、結婚詐欺の結末。上野千鶴子

2012.12.21 Fri

美人局(ルビ=つつもたせ)という犯罪がある。男が自分の情婦を使って、鼻の下の長い男に色仕掛けで取り入らせ、カネをせびりとるという昔からある詐欺である。木嶋佳苗の結婚詐欺は、ヒモが背後にいないインディズ。しかも性ではなく結婚で、料理や介護で売り込んだところが新しい。美人でなかったから不美人局、というべきか。

 これはそのジェンダー逆転版。イケメンとは言えないが気のいいまめ男の夫をつかって、おひとりさまの女から結婚をエサにカネをせしめる妻。男がモテるための秘訣は、ルックスよりまめさだ。しかも板前だから料理はプロ、と来ている。夫を阿部サダヲ、妻を松たか子という演技派の配役。監督は、『ディア・ドクター』などで人情の機微を描いた女性監督の西川美和。こりゃあ見ないわけにはいきません。

 夫婦で切り盛りしていた小料理屋を、不慮の火事で失う設定になっている。失意の夫に再起を促す妻は、女の心のスキを衝く夫の愛嬌のよさをフル活用しようとする。

 小料理屋のカウンターは、客がプライバシーを無防備にさらすところだ。板前はすべてを耳にしながら聞かないふりをしている。そのカウンターに女性客がひとりで、あるいは女同士で座るようになった時代の反映でもある。標的にした女の弱みが、同じ女である妻にはよくわかる。妻のシナリオどおりに夫は「業績」をあげ、目標にしだいに近づいていくが、経験を積んだ夫は、やがて妻のシナリオを離れた行動をとりはじめる。料理包丁を手に、いそいそと女のもとへ通い始める夫を送り出す妻の気持ちは、しだいにかみ合わなくなっていく。松たか子が、けなげな妻から、疑心暗鬼と愛憎半ばのどすぐろい表情へと変化する落差をみごとに演じている。

婚期を逸したキャリアウーマン、風俗嬢、シングルマザー、ウェイトリフティングの選手…結婚願望を持つさまざまな女が登場する。女が言ってほしいことを言ってあげることが結婚詐欺の秘訣だということがわかる。モテたければ男もこの映画でスキルを学ぶといい。だが、美人局をやる男は、自分の女が他の男の意を迎えることに心おだやかでいられるのだろうか。この妻はそうではなかった。そして最後にどんでん返しが起きる。

 板前の女房は完全に夫の腕に依存している。夫を失っては、小料理屋再開の夢も消える。だが…ほかの板前に夫を乗り換えるという選択肢もあったはず。そうなれば悪女の完成だ。そうならないのは、これはやっぱり夫婦愛の物語なのだろうか?

初出掲載 クロワッサンプレミアム 2012年10月号 マガジンハウス社

カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:映画 / 上野千鶴子 / 女とアート