「上野さんはどうしていつもそんなに元気で活きいきしてるんですか?」と訊かれるそう。周囲の目に留まるのは講演会の上野さん、研究者の上野さん、社会学者の上野さん、精力的に活動される上野さんだろう。
どの上野さんをとっても前出のような質問をしてみたくなるのはごく自然のことのように思う。上野さんの答えはこうだ。「なに、簡単です。そうじゃない部分を他人さまには見せないだけです。」

通奏低音から始まる本書『マイナーノートで』は、上野さんがその「そうじゃない部分」を、「自分のなかにゆっくりとマイナーノートで流れる時間」を、汲み上げてそっと差し出すようなエッセイ。上野さん純度100%エッセンスがつまった読みもの。すきな人にはたまらない。素直に心が躍る。

『Ⅰ通奏低音』のなかの『役に立つ、立たない?』の章で、研究者にはなりたくてなったと言う上野さんは、『教師にはなりたくてなったわけではなかった。だが、なってみると、教師はよい職業だった。(中略)教育はなにがしか洗脳装置だから、教師をしながら思ったものだ、「他人さまの子をかどわかして」…気分はハメルンの笛吹き女だった。』(p.39)と。

そして研究者であり教師である上野さんは、『わたしなど、自分の研究は「私利私欲のため!」と公言している。学生にも「あなたをつかんで離さない問題」に取り組みなさい、とアドバイスする。当事者研究など、その最たるものだ。
その結果、小状況の些細な問題がテーマとして選ばれる……ように一見見えるだろうが、そこはフェミニズムの標語どおり、「個人的なことは政治的Personal is political」なのだ。』(p.42)と真理を明らかにする。

これが「わたしをつかんで離さない問題」だからわたしはあなたの言葉を追う。
その言葉たち、思想を必要とする理由となる。上野さん自身が〈わたくし〉というものをつくったと語る『通奏低音』の章から始まる『マイナーノートで』は、最後に挽歌が響く『夜想曲』で終演を迎える。

わたしだけではない、わたしたちが上野さんの言葉を必要とする。
「あなたをつかんで離さない問題に取り組みなさい」と言うから。
話せば「日本中の女性が励まされる」上野さんにまだ訊きたいことが、わたしたちにはある
思想は人を救い生き延びさせてくれる。
思想は生きた言葉となって届き、わたしの前に暗く続く道を光となって照らす。
■堀 紀美子■