エッセイ

views

2704

<女たちの韓流・34>「レディプレジデント」~理想の大統領を求めて~  山下英愛

2012.11.05 Mon

2010年の人気ドラマ

 現在、韓国は大統領選の真っ最中である。12月19日には、来年2月に就任する第18代大統領が選出される。だが、ドラマではすでに2年も前に18代大統領が決まっているのだ。「レディプレジデント」(SBS2010、全24話)では女性のソ・ヘリムが、「プレジデント」(KBS2010-11、全20話)では男性のチャン・イルジュンが大統領に就任している。どちらも韓国の人々が待望する大統領像とも言えるだろう。そこで今回はまず「レディプレジデント」について取り上げてみよう。

 「レディプレジデント」(原題「大物」)は、韓国で初めての女性大統領を描いたということで注目された。主人公ソ・ヘリムを演じたコ・ヒョンジョン(高賢廷1971~)は、前年の最高人気ドラマとなった「善徳女王」(MBC2009)で、権力者ミシルを演じた俳優である。彼女はそのカリスマに満ちた演技力でMBC演技大賞を受賞し、翌年にはこの「レディプレジデント」でSBS演技大賞を受賞したのだから、彼女自身が「大物」俳優に違いない。この他、ソ・ヘリムのライバルとなる政治家カン・テサンをチャ・インピョ(車仁杓1967~)が、ヘリムを愛する検事のハ・ドヤ役をクォン・サンウ(権相佑1976~)が演じた。

 ちなみにドラマの原作はパク・イングォン(朴寅權1954~:「銭の戦争」の原作者)の漫画「大物」の第2部「ツバメの刀」である。こちらの方はハ・リュという踊りの上手い若いツバメを中心とした物語で、グロテスクな性的表現の多い成人向け漫画である。「大物」の意味も、原作では男性の性を象徴する“もの”のことである。ドラマはその意味を“女性を大統領にするプロジェクト”に変え、ソ・ヘリムを主人公に仕立てた。

庶民を代弁するソ・ヘリム

 ソ・ヘリムは放送局に勤めるアナウンサーである。職場結婚して子どももいる。ある日、夫は放送局の命令でアフガニスタンに取材に出かけ、そこで武装グループに拉致される。日本人の人質は無事に帰国できたのに、夫は殺されてしまった。ヘリムは国民の命を守ることもできない国を不甲斐なく思い、被害者家族として政府・大統領を批判する。そのために放送を利用したかどで解雇され、幼い息子と故郷に戻って暮らし始める。夫の死が彼女の人生を大きく変えるのだ。

 ヘリムの一連の行動を注視していた国会議員のカン・テサンは、ヘリムに政治家としての素質を見出し、国会議員補欠選挙への出馬を要請する。カン・テサンは司法試験を首席で合格した生え抜きの若手議員である。彼は党の重鎮であるチョ・ベホの後継者であり、党の要職に就いている。だが、彼は亡き父親を踏みにじったチョ・ベホに対する恨みを心に秘めていた。その思いをバネにしてチョ・ベホを葬り、自らが大統領になろうという野望を持っていたのである。ヘリムを政界に引き入れたのもそのためだった。

 だが、国民の命を守ることのできない無能な政府を改革するために政界に飛び込んだヘリムは、カン・テサンの思うようには動かない。国会議員に当選したソ・ヘリムは陰謀が乱舞する政界の中でもまれながらも、自らの所信を貫こうとする。選挙区であるナメ(南海)道の干拓地開発政策が住民たちには一銭の得にもならず、政・財界の黒幕のみが利益を得ることを知ったヘリムはそれに立ち向かう。引き留めるカン・テサンをよそに党を離れ、ついには議員を辞して故郷の道知事選挙に挑む。そして破産寸前の道財政を再生するために奔走するのである。

 ヘリムは道の財政破たんを防ぐためにチョ・ベホの新党(革新党)に入り、政治の不正資金事件で捕えられたチョ・ベホに代わって党を率いる。また、ソマリアで船が拿捕され、韓国人の船員人質事件が発生すると、大統領から特使に任命され現地に赴く。人質の救出には成功するが、ヘリムはその過程で一人の命が失われたことを悔やむ。その思いを胸に、ヘリムは革新党の大統領候補となり、与党民友党のカン・テサン、野党福祉党のミン・ドンポと大統領の座を争う。ドラマはその後、ヘリムが選挙戦で勝利し、大統領としての任務を終えて再び民間人に戻るまでを描く。その間、年下の検事ハ・ドヤとのロマンスもさりげなく描かれる。

現実を反映するドラマ

 このドラマには、現実の政治や事件を思い起こさせるトピックが満載されている。ソ・ヘリムが大統領になって最初に直面する危機は、2010年3月に起こった天安艦沈没事件を思い起こさせる。ドラマでソ・ヘリムは、国家機密を守るよりも船員たちを救助するために中国に協力を要請する。カン・テサンはそんなソ・ヘリム大統領の行動を批判し、大統領に対する弾劾訴追案を提起する。これも理由は異なるがノ・ムヒョン(盧武鉉)大統領に対する弾劾事件を想起させる。また、カン・テサンと親密な関係にあるキュレーター(学芸員)のチャン・セジンは、2007年に韓国社会を揺るがした“シン・ジョンア事件”(学歴詐称と官僚とのスキャンダル)の主人公を思い起こさせた(申貞娥『4001』サウォレチェク2011)。

 大統領選挙でソ・ヘリムと単一化した野党福祉党の候補が、選挙前日、突如としてソ・ヘリムへの支持を撤回するという場面も、2002年の大統領選挙の際にノ・ムヒョンとチョン・モンジュン(鄭夢準)の間で実際に起こったことである。さらに、与党の政党名の響きが“盧政権時代の開かれたウリ党と民主党を合わせたようでけしからん”とか、女性大統領ソ・ヘリムは、“次期大統領の有力候補であるパク・クネ(朴槿恵)を持ち上げることにつながる”などと、社会のあちこちからいろんな意見が飛び出した。巷で話題になればなるほど視聴率も上がり、最後まで20%台後半の高視聴率を維持した。おかげで私もドラマを見ながら韓国で実際に起こった様々な事件を振り返り学ぶことができた。

韓国の女性大統領候補

 さて、今回の大統領選挙は大接戦の様相を呈している。与党セヌリ党からは故パク・チョンヒ(朴正煕)大統領の長女パク・クネ(1952~)氏が、8月下旬の党内選挙で圧倒的な支持を得て最終候補に選ばれた。最大野党の民主統合党候補には、故盧武鉉大統領の側近だったムン・ジェイン(文在寅1953~)氏が手堅い支持を得て選出された。そして、コンピューターウイルスのワクチンを韓国でいち早く作り無料配布した人として有名なソウル大学融合科学技術大学院長のアン・チョルス(安哲秀1962~)氏が無所属で出馬し、若者たちの圧倒的な支持を得ている。

 

 その他、進歩正義党からシム・サンジョン(沈相奵 1959)氏、統合進歩党からイ・ジョンヒ(李正姫1969~)氏の二人の女性国会議員が出馬していることも特筆に値しよう。大統領選挙に女性が三人も出馬したことはかつてない。ちなみに過去の大統領選挙に名乗りを挙げた女性は二人いる。初めての女性候補は、直接選挙制になった第13代選挙(1987)に、社会民主党から出馬したホン・スクチャ(洪淑子1933~)氏である。この人は、韓国の女性外交官第1号で、ニューヨーク総領事館の副領事、国連代表部の3等書記官を務めた経歴をもつ。

 残念ながらホン・スクチャ氏は途中で辞退したが、最後まで選挙戦を闘った女性がキム・オクソン(金玉仙1934~)氏である。第14代選挙(1992)に無所属で出馬し、落選した(得票率0.4%)。男装の女性国会議員として有名な人で、軍事政権時代の三選議員でもある。維新体制下の1975年、国会質問でパク・チョンヒ大統領の独裁を批判する発言をしたために議員を辞めさせられた事件でも有名だ。教育事業なども行っていたが、その後も波乱万丈な人生を送っている。昨年、詐欺罪で実刑判決を受け、刑務所に収監されたとのことである。

“女性性”をめぐる攻防

 いずれにせよ、与党の有力候補として女性が登場したのは64年間の韓国政治史上、今回が初めてである。セヌリ党の代表ファン・ウヨは党内選挙の結果、女性候補が選出されたことについて、「それ自体が核爆発のような一大変革を意味するもの」と語っている。その主人公であるパク・クネ氏は、1998年に国会議員補欠選挙で当選後、五選を果たし、党の代表や非常対策委員会委員長などを歴任してハンナラ党(後のセヌリ党)を引っ張ってきた。2007年の大統領候補選では現大統領のイ・ミョンバク(李明博)に僅少差で敗れたが、その時はまだ女性候補に対する差別意識が蔓延していたとも言われる。そうした中でここまで上り詰めてきたのは、親の後光だけではなく、その政治的手腕によるものだ。

 そんなパク・クネ氏は、これまで“女性”を強調したことはほとんどなかった。ジェンダー政策に関する発言なども聞いたことがない。それはむしろ民主党などの野党側のお株であった。しかし、先日パク・クネ氏はついに“女性大統領”の切り札を掲げ始めた。10月27日に女性団体が開いた「大韓民国女性革命時代宣布式」に参加したパク氏は、「女性大統領が誕生することこそが最も大きな変化であり刷新である」と演説したのである。その翌日には選挙対策委員会女性本部の発足式で、「今こそすべてを投げ打つことのできる母親のような犠牲と女性リーダーシップが必要だ」と力説した。

 こうした“女性”戦略の後ろには、先月中旬に選挙対策委員会の共同委員長に就任したソンジュグループ会長キム・ソンジュ(56)の存在がある。韓国の成功した女性CEOで、ウォールストリートジャーナルの注目すべき世界の女性リーダー50人(2004)に名前を連ねたこともある。金大中・盧武鉉政権下の政府関連機関で諮問委員として関与していたこともあり、その頃から彼女の毒舌は有名だった。今回の選挙では他のキャンプからもラブコールがあったという。セヌリ党の元老議員たちからは胡散臭そうに睨まれるそうだが、全員に赤いジャケットを着せて記者会見をしている模様を見ると、びっくりさせられる。パク・クネ氏の“女性”強調路線が今後どのように展開するのか興味深いところである。

 こうしたパク・クネ氏側の攻勢に対して野党側は一斉に「パク候補は生物学的には女性だが、社会政治的な女性ではない」と批判した。それに対して与党側は「人格に対する侮辱だ」「戸主制廃止の先頭に立った」と反撃。これに対して野党側は「進歩圏の女性運動に無賃乗車するのか」と、“女性性”をめぐる応酬がエスカレートしている。そもそも“女性性”の定義が単純ではない上に、ジェンダーに理解のない男性議員たちが的外れな発言をして感情的な争いになっている側面もある。

 そんな事態を収拾・整理しようと、11月2日、民主党の女性議員と女性政治勢力民主連帯が主催して座談会「女性大統領、ジェンダー政治を語ることは可能か?」を開いた。そこでは、“パク候補が女性たちの声を代表するには明らかな限界があるが、すでにパク候補は女性政治家の表象である”、“ジェンダー不平等によって抑圧された恨みを、パク候補を支持することで晴らそうとする多くの庶民女性がいる”との意見が相次いだ(韓国日報2012.11.2「女性学者たち“女性大統領論”に対する野党の批判に厳しい声」)。

 いずれにしても、“女性大統領”や“女性性”に関して活発な議論が巻き起こることは歓迎すべきことである。女性の有力候補が登場することの韓国的な意義をまざまざと示している。ただし、パク・クネ氏がドラマのソ・ヘリムとは限らない。

写真出典

http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=herbhillz01&logNo=80115864587

http://shain.tistory.com/533

http://blog.daum.net/rodin/15964726

http://www.press25.co.kr/item.html?cat=B&code=B0100093

http://www.nocutnews.co.kr/show.asp?idx=2305087

http://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?cntn_cd=A0000081744

http://www.wikitree.co.kr/main/news_view.php?id=81171

http://article.joinsmsn.com/news/article/article.asp?total_id=9769829&ctg=1001

http://news.sbs.co.kr/section_news/news_read.jsp?news_id=N1001462724

カテゴリー:女たちの韓流

タグ:ドラマ / 韓流 / 山下英愛