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『デビルズ・ダブル』21世紀とは思えない、奇々怪々な実話が、こわーいエンタメに。 上野千鶴子

2013.05.29 Wed

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.事実は小説より奇なり。現実は想像を超える!イラクの独裁者サダム・フセインの息子、ウダイに影武者がいた。

 サダムは狂気の独裁者だが、ウダイは父に劣らぬ血なまぐさい狂気の持ち主。オリンピック委員会の代表を務め、負けて帰ってきた選手を拷問にかけた。そのうえ、父に劣らぬ女好き。目にとまった女は女学生から新婦までかたっぱしから手を出しては、弊履のごとく捨てる。切り捨て御免の悪行の限りを尽くすが、なにしろ独裁者の息子だから誰も彼をとめられない。彼が怖れるのはテロと父の怒りのみ。その父ですらウダイのご乱行に「生まれたときに殺しておけばよかった」とうめく。

 そのウダイに似ているからというだけの理由で影武者に指名されたのが、クラスメートのラティフ。裕福な商人の家庭の、期待される息子だった。家族を人質にとられ、有無を言わさず整形を施され、上げ底靴で身長を誤魔化して分身になっていく。

 そのウダイとラティフの2役を演じるのがドミニク・クーパー。狂気のブラック・プリンスと犠牲を強いられた思慮深い青年とをみごとに演じ分けている。姿形は同じなのに(あたりまえだ、同じ役者なんだから)、性格の演じ分けで、観客に一目でこちらはウダイ、こちらはラティフ、と見分けさせなければならない。そのうち、あれ、どちらだっけ?とわからなくなる混乱も織りこみずみ。影武者の演技がしだいにうまくなっていく過程だからだ。どちらがやりにくいかと言えば、ウダイの方だと俳優は言う。そりゃそうだろう、この狂気には感情移入がしにくい。だが、狂気の独裁者の息子である不幸をも、内面的に演じてみせる。

クロワッサンプレミアム 2012年2月号 マガジンハウス社

 ラティフはウダイの愛人の女と必死の脱出行を試みる。この逃避行が、スパイ映画顔負けのハラハラドキドキに満ちている。本当かよ、と思うようなことが21世紀に現実に起きた。原作は亡命に成功して今はヨーロッパで法学者として暮らしているラティフ・ヤヒアの自伝。1964年生まれの47歳。こんな本を書いて、フセインの残党につけねらわれないか、と心配になる。

 そういえば、キューバのカストロにも、北朝鮮の金正日にも影武者がいるとか。先日殺害されたリヴィアのカダフィも、もしかして死んだのは影武者の方じゃないか?いや、独裁者はとっくに影武者に入れ替わっていたのではないか??と疑心暗鬼は尽きない。そう、演技力さえあれば誰でも独裁者になれてしまうのかも。もはやオリジナルとコピーの区別のつかなくなった時代。エンタメ性満点の、こわーい映画である。








カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:映画 / 上野千鶴子 / 女とアート