
ハノイでセミナーがあったのをきっかけに、思い切ってベトナムに行ってきました。3年半ぶりの海外旅行でやや緊張しましたが、閉塞感からやっと解放されてほっとしました。
ベトナムのほんのほんの一部に触れただけで、偉そうなことを言うなと叱られそうですが、一個人の率直な感慨だと思って聞いてください。
ハノイとホーチミン市の2大都市を訪ねたのですが、まず衝撃を受けたのは、洪水のように流れるバイク群のすさまじさでした。大きな通りで、信号が青に変わると一斉にバイクの群れが流れ出します。車線のようなものは見当たりません。轟音を立てて、公園のような広い通りを縦横に流れていきます。車ももちろん走っていますが、時にはバイクの中におとなしく挟まっている感じです。まさに壮観です。運転者はみなヘルメットをかぶっていますが、女性の姿も珍しくはありません。子どもを後ろに乗せた女性が後から後から流れてきます。
次に目に映ったのは元気な女性たちの姿です。今回訪ねた2つの日本語教育関係の大学の先生方でした。ハノイ国家大学外国語大学で開かれたセミナーでは、外国語大学の日本語学部の学部長も副学部長も女性でした。セミナー開会のスピーチをしたのは、その外大の女性の副学長でした。
学部長や副学部長の日本語の先生方は、昼間のセミナーでは紺のパンツスーツ姿でてきぱきと指示を出していましたが、夜の懇親会では鮮やかなアオザイ姿に、くっきりとしたメイクで現れました。各テーブルでは楽しそうな会話が弾んでいました。閉会の言葉を述べた学部長のスピーチはもちろん日本語でですが、巧みに比喩を交えたウイットに富んだものでした。女性の先生方がとにかく力をもっていて、明るく活発なのです。
次に訪問したホーチミン市の国家大学人文社会科学大学の日本学部の先生は、33人中女性が26人、男性は7人でした。あるクラスの学生数は24人中女性が22人、男性は2人でした。文系の学部だから女性が多いというのはベトナムも日本と同じ傾向でしたが、その女性数の偏りは、日本の比ではありません。さらに、日本の文系の大学との違いは、一般的に日本の大学では学生の比率は女性が高くても、教員の比率は男性が高い、特に管理職の教員比率は男性が圧倒的に高いという点です。特に芸術関係の大学では美大の学生の7割が女性であるのに対して、教授は8割が男性だという数字が最近の新聞に出ていました。
ある先生(男性)の話では、まず朝6時に車で高校生の長男を送る、一度家に戻って下の子どもの食事をさせてから小学校に送る、その足で8時からの授業に間に合うように大学に来る、先生が出張などの時はお連れ合いがそれをするということでした。子どもを1人で通学させることは決してできないのだそうで、バイクに子どもを乗せて走っている人が多い理由もわかりました。通勤だけでなく、学校への子どもの送り迎えがバイクのラッシュアワーを生み、その時間を長くしているのです。
ハノイもホーチミン市も公共交通機関が少なく、市内の移動は車かバイクにならざるを得ない、そうなると、子どもの送迎も車かバイクということになります。市の中心部だけでなく、学校の近くでも渋滞が起きてしまいます。そうした忙しい毎日を男性も女性も同じように暮らしているわけです。女性のバイクは少ないなんてことは言っていられません。
たまたま、面白いバイク物語を聞いてきました。
ホーチミン市の大学の日本学部の2年生Aさんは、中背で色白、メガネの似合う青年です。彼は日本の文化に興味があって日本語を勉強していると言っていましたが、通学の方法を聞いて驚きました。
Aさん:母は事故が危ないと言って、私がバイクに乗るのを禁止しています。それで、クラスメートのHさん(女性)に毎朝バイクに乗せてもらって大学に来ます。
わたし:帰りはどうするんですか。
Aさん:帰りもHさんのバイクの後ろに乗って帰ります。
わたし:家が近いんですか。
Aさん:いえ、そうでもありません、彼女の家から私の家までバイクで30分ぐらい、私の家から大学までも30分ぐらいです。
わたし:雨が降ったらどうしますか。
Aさん:乗ったままコートを着ます。
南国のホーチミン市は午後スコールが来ることが多く、そういうときはちゃんと帽子つきのレインコートを着ているバイクが多く走っているのも見てきました。ふたりはきっと仲がいいのでしょうが、お母さんもAさんがHさんに乗せてもらって通学するのは認めています。息子の運転は禁止して、そのガールフレンドの運転はOKというお母さんも愉快です。ほっそりとしたやせ形のHさんですが、彼女はきっと運転が得意で上手なのでしょう。
つい、日本だったらと考えてしまいます。こういう光景はおそらく見られないでしょう。男の沽券とかメンツとかが邪魔をして、女性のバイクの後ろに乗って通学する男子学生はごくまれでしょう。もしいたとしても、誰にでも言いふらすようなことはしないでしょう。そんなことを考えてしまう日本社会の遅れとうらはらに、Aさんは全く何のこだわりもなく、Hさんに乗せてもらうバイク通学を楽しんでいます。
さて、大学の話に戻ります。学生さんに、日本語を学んでいる理由を聞きましたところ、かなりの学生さんが日本語の先生になりたいからと答えてくれました。生き生きと働いている女性の先生方がロールモデルになっているのでしょう。
「先生の大学で男女差別がありますか」と、女性のM先生にストレートに聞いてみました。「もちろんありますよ」とM先生。「どんな差別ですか」と重ねて聞くと、「男性が少ないですから、いろいろ男女差があります」とのこと。私の聞いた「男女差別」は女性がさまざまな局面で低く扱われる、いわば古典的な差別でしたが、彼女の差別は男性が少ないという数量的な差でした。「『女性教師の日』というのがあります。これは男性差別という人もいますけど」とも。隣にいた男性D先生は、「いや、ほかの日は男性の日ですから」と笑っています。
毎日が男性の日という男性がいる以上は、女性教師の日もまだ必要なのでしょう。文系の大学以外では、古典的な女性差別もあるのでしょう。ベトナムは国連のジェンダーギャップ指数では、146国中83位です。日本の116位よりはかなり上ですが、世界的レベルで見たらそれほどジェンダー平等が進んでいる国ではありません。ですが、ごく狭い範囲で見た限りですが、女性が生き生きと元気に働いていることだけは確かです。Aさんのような青年もいます。若いベトナムの国は、日本よりも速いスピードでジェンダー平等が進んでいくと思われます。
わたしとしては、珍しく楽しい報告ができてうれしいです。
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