
「本当は女性なのにドキドキしちゃいました!」。先日、宝塚歌劇を初めて見た20代の後輩の観劇後の感想です。
いやいや、そこはちょこっと違っていて、本当は女性だからドキドキするんだよねと解説したくなった私(くどいのでやめておきました笑)。
東京・渋谷区松濤美術館で開催中の『装いの力--異性装の日本史』を見て、そのときのことを思い出しました。
衣装をまとい演じることで、生物学的に与えられた性を越境する「異性装」に感じるときめき。『装いの力--異性装の日本史』は、神話や歴史上の人物の異性装や、異性装の人物が活躍する物語、能や歌舞伎などを通じて、日本では古くから異性装の文化があったことを教えてくれる展覧会です。古代から現代までの異性装の変遷をコンパクトなスペースながら約100点の多様な展示で紹介し、今の視点で読み解く試みが話題で、若い人でめちゃ混みと聞いて終了間近(10月30日まで)に駆け込んできました。
展覧会構成は全8章です。1章「日本のいにしえの異性装」の冒頭では、日本最古の異性装として『古事記』のヤマトタケルが女性の着物をまとった人形を展示。クマソタケル兄弟を討伐すべく、女装して美しい少女となって酒宴に潜り込み、兄弟がうっとりして油断したところで見事征伐。このくだり、手塚治虫さんの漫画で読んでドキドキしたことがあったなあ。室町時代の絵巻物『新蔵人物語絵巻』は、宮中で働くために男装して男のふりをしていた主人公が、実は女性だったということが帝にばれ、かえって見染められるまでの場面を展示。御簾に半分隠されたラブシーンは2人とも男性の姿というのが背徳感あります…。
2章は「戦う女性―女武者」。鎧姿の神功皇后から大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも印象的だった巴御前や静御前と、古代から鎌倉時代までの女武者を雄々しく美しく描いた江戸時代の錦絵がぞろぞろ。3章「“美しい”男性―若衆」は、女性が着るにはサイズが大きすぎる振袖を展示。白ちりめん地に梅や鷹が描かれた豪奢な振袖はおそらく江戸時代に若衆と呼ばれた美少年が着用していたものと説明されていて、江戸時代にタイムスリップしてみたくなります。4章「江戸の異性装―歌舞伎」、5章「江戸の異性装 物語の登場人物・祭礼」では、安土桃山から江戸時代に、歌舞伎や小説、山王祭りなどの祭礼で、女装した男性、男装した女性を描いた浮世絵や錦絵が展示されています。
松涛美術館の展示室は、地下1階と地上2階の2フロアに分かれていたのですが、ここまでが地下1階に展示されたいわば第一部。
「ふむふむ、異性装は歴史的に日本の文化だったんだなあ」と思いながら2階に移動すると、入り口手前にドラァグクイーンの立て看板がどどんとあって、世界観の飛躍にくらっとしたところで、6章「近代化社会における異性装」がスタート。江戸時代まで文化として楽しまれてきた異性装が、明治の初めに一転、法令で処罰の対象となったことが説明されます。理由は文明開化。異性装に抑圧的な西洋諸国のスタンダードに合わせるためだったという史実を今回の展覧会ではじめて知りました。
女装していただけで巡査にひったてられる男の錦絵、異性装をいかがわしいものとして報道する新聞の数々の見出しなど、国の方針によって嫌悪感が社会に広がり、植えつけられていく展示の数々がつらい、苦しい。その中で、後の松竹歌劇団第一期生で男装の麗人と呼ばれた「ターキー」が、燕尾姿で誰もいない夜の劇場の観客席にひとり座る実に美しい写真は、おかしいといわれても禁止されても、素敵なものは素敵、好きなものは好きの力を感じさせてくれます。
続く7章「現代における異性装」、8章「現代から未来へと続く異性装」では、漫画、舞台、映画、舞踊、アート…と戦後、私たちはこんなにたくさんの異性装の文化を体験し、刺激を受け、異性装そのものも進化してきたんだなあと実感させられる展示です。漫画なら、手塚治虫の『リボンの騎士』から池田理代子の『ベルばら』を経て、江口寿久の『ひばりくん』に至る構成に「なるほど~」と思いました。
しめくくりは華麗な衣装とメイクのドラァグクイーンが、社会規範やジェンダーロールを越境し、宇宙に飛び立つというテーマのインスタレーション。きらっきらです。
思いと工夫と知識のつまった展覧会。実現した学芸員さん、本当に素晴らしいです。今、10月29日の朝だからあと2日!気になった方はぜひに!
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