2012.01.14 Sat
「桃色の手」安永知澄(太田出版『あけぼのソックス』収録)
安永知澄の作品は、とても身体的だ。肌がざわめく感じだとか、胃のなかにあるしこりが溶けていく感覚のような、感じるけれど上手く言葉にできないものを独特の表現で描き表す。そんな彼女が、お母さんのことを書いた自伝的作品が本作。
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.「ぶあつくて、やわらかくて、ふわふわした気持ちになる、あたたかい手」を持つ母。「ほんとうに、この世で一番きれいな人だと思っていた」小さな頃の彼女が、母よりきれいな人の存在に気づき、子どもの軽い冗談で“お母さん”が傷つくことを知る(お母さんなのに!)。私にも似たような経験があって、お母さんだって傷つくことを目の当たりにした時、これからどう接していけばいいのか、と、子ども心に悩んだのだった(悩んだだけで、お母さんを思いやる子どもにはならなかったけど……)。
娘にとって母はどんな存在なのか。安永は、歳月を経て、母が自由になり、神秘から遠ざかっていくことを見るのは、戸惑うけれど嬉しいことだと書く。私はといえば、年々皺が刻まれていく母の手を見て、少し寂しく、でも嬉しくも思う。“お母さん”でありつつ、同じ時代を生きる女同士であることを、母の手や乾燥した踵に感じ、「お母さん、生きてるんだなー」と妙な実感を確認できるからだ。
『HER』ヤマシタトモコ(祥伝社)
昨年の「WAN的イチオシ・マンガ」でも取り上げられたこの作品。様々な女性を描くオムニバス作品なのだが、その中の1作に、母が浮気をしていたことを知っている娘の物語がある。
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.母の浮気は、娘が15歳の頃、もう19年も前の話になるが、娘にとってそれは「噛み砕きも、吐き出しもできない飴玉のように」口の中を転がっている秘密だ。彼女はその重い飴玉を吐き出すかわりに、ワンナイトスタンドを続ける。
酔った勢いで、“秘密”を一夜限りだと思っていた男性に話していたこと、職場の女性から聞く彼女の母の話や、「娘に訪れるすべての幸福も災厄も母親に由来する」という言葉……。それらから、娘は思う。飴玉の味は、舌の上に残っても、いつかは溶けるのだ、と。そして、母親に由来するのは「わたしたちの心も血肉も あなたたちへの愛も憎しみも」だと。
長い時間、棘のように刺さっている母親への複雑な思いと、それをやり過ごすこと。「娘」であることの厄介さが、短いページ数なのに伝わってくる作品だ。
『ママゴト』松田洋子(エンターブレイン)
2011年、ガツンときた作品がこちら。複雑な家庭に育ち、子どもを持ったものの悲しい事故で失ってしまったスナックのママ・映子が主人公。ある日、映子の女友達が息子・タイジを強引に預け、逃げてしまう。女友達には借金があり、一人で子どもを抱えての返済などできないため映子を頼ったのだ。
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.
映子は子どもが怖い。母に捨てられ、育てられたことのない映子は“育つ”ということが分からないし、子どもをなぐさめる言葉も思いつかない。「子どもを育てるのに必要なことなんか なんもできん なんも知らん」から、怖くて泣きたくなるのだ。
そんな映子がタイジとの暮らしで、自分が育つことも築くこともできなかった「家族」を体験する。子どもが怖くて泣いていた彼女は、タイジの言葉にうれし泣きをするようになり、映子の母がどんな気持ちでいたかと考え、亡くした赤ちゃんのことを何度も思い出す。「家族」の体験によって、娘でありながら娘として生きられず、母となったのに子どもを亡くしてしまった人生が、映子の中で輪郭を持ち、つながっていく。この作品は、もう一つの「母娘物語」なのだと思う。
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