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4.1 聞こえない声と向き合って 小林あんぬ
2012.02.03 Fri
竹原さんのエッセイを読みながら思い返した、3月11日。私たちは皆それぞれの仕方で被災したし、している。そして私にとってこの被災はそのまま、子といる、ということ、3月周辺に特化して言えば特に、「赤ん坊」といる、という体験と、切り離せないものになっている。そこに含まれていたのはどうやら、「聞こえない声」との対峙、ということだったようだ。
原発事故以降、子どもは東京をも離れた方がいいと言われた。しかしそうした忠告は時に、「子どもは自分で身を守れないのだから親が対処するべきだ」という論理によっていた。私の子どもは当時6か月。しゃべらないし、こちらの言うことをわかっているそぶりもあまりない。寝転がり、乳を飲み、眠り、機嫌が悪ければ泣く。そんな生き物を少しでも良い状態で生かすこと、それが乳飲み子の育児というもの。どんなにすくい取ろうとしても聞こえない声を、聞こうとし、対処し、それが合っているかどうかはわからないまま。そんな時、子どもの声だといって、何かをつきつけられるのはきつかった。
赤ん坊の気持ちがわからないとは言え、「赤ん坊の気持ちはこうだ」と言われて素直にうなずけるとは限らない。そんな中で面白いと思ったのがエリザベス・パントリー著『赤ちゃんが朝までぐっすり眠る方法』(エクスナレッジ 2005)というきわめて実用的な本の中で紹介されている、ジーン・リードルフという人の「The Continuum Concept」の一説だ。真夜中に目覚めた赤ん坊について以下のように描いている。
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「赤ん坊が目覚めると、あたりはしんと静まり返り、なにも動いている気配がない。漠然とした恐怖をおぼえて、叫び声をあげる。…泣き叫んでいるうちに、胸が痛くなり、喉がかれてくる。やがて痛みに耐えられなくなって、泣き声はだんだん弱まり、赤ん坊は泣くのをやめる。耳を澄ます。手を結んでは開く。頭を左右に動かしてみる。それでも何も起こらない。我慢できなくなって、赤ん坊はふたたび泣き始める」
赤ん坊の「気持ち」というより、彼らの行動からわかることだけを書く。こんな風に赤ん坊について書くものは特に「赤ちゃん」関連のものにはあまりない。
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同じように乳児について、彼らにとっての世界がどんなふうになっているかを真剣に検討したD.N.スターン著『乳児の対人世界』(岩崎学術出版社1989)という書がある。この書では、「言語発達以前にどういう自己感が存在するのか(しないのか)」ということが検討される。徹底して「わからない」ことを受け入れ、一から仮説を組み立て、検証する。わかった「つもり」は排して、わかることだけを積み重ねる。乳児がこんな正当な扱いをされることが嬉しくなる著作だ。
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また一方で、どんなにわからなくても母親が赤ん坊と「関わり」続けることじたいを、「おはなし」として描く絵本がある。スギヤマカナヨ『あかちゃんはおかあさんとこうしておはなししています』(赤ちゃんとママ社 2010)だ。ここでは母親は、赤ん坊の気持ちを「わかる」ことを求められていない。わからなくても毎日向き合い、関わっていることじたいを、「おはなし」と名付け、認める。ある時は泣き続ける赤ん坊。「ほぎゃあ、ほぎゃあ、ほぎゃあ…うまくおはなしできないこともあります」。でも「これも、あかちゃんとおかあさんのおはなし」。
そして、「あかちゃんとおかあさんのおはなしは、まいにちおなじようにみえるけど すこしづつあたらしいのです。」この一節に、私はまさに救われた。報われた、と言ってもいい。わかる、わからない以前に、そうして関わっていることじたいが対話であり、相手に対し意志を持っていることなのだと、ちゃんと認めてみると、楽になることもあるのではないだろうか。
次回「「ふさわしい声」ではなく(上)」へバトンタッチ・・・・つぎの記事はこちらから
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