ケアを中心にすえた経済学へ
本書は、日本で初のフェミニスト経済学のテキストになります。
フェミニスト経済学は、フェミニズムの視点から経済学をとらえる学問で、女性に限らず、男性、子ども、高齢者などの万人を差別や抑圧から解放し、1人1人の権利を保障することで、万人のウェルビーイングの向上を目指しています。日本のフェミニスト経済学をけん引してきた足立真理子氏が指摘するように、フェミニスト経済学は1960年代以降の第2派フェミニズムの思想や理論を経済学の学問体系の内部に持ち込んで、主流派とされる新古典派経済学の体系や方法を問い直し、経済学のフェミニズムによる再概念化を図るものです。主流派経済学の依拠する合理的経済人モデルにジェンダーバイアスが入りこんでいることを指摘するとともに、市場で経済活動する人間は、突然、十分に成長した大人として生まれるわけではないこと、脆弱な存在で、他者からケアを与えられなければ生命を保持することができない、他者に依存した状態で生まれることに目を向けます。
そして、私たちが生きる社会を持続可能なものにするには、万人のベーシックニーズを満たすこと、子どもを生み育て次世代を再生産すること、環境破壊や災害などの危機に対してレジリエンスを構築することが必要です。既存の経済学は市場で取引されるものを主な分析対象とし、市場で取引されない者も市場取引を仮定して分析する傾向にありました。しかし、私たちのベーシックニーズは市場での取引だけでは満たされません。私たちの生活は経済学が対象としてこなかった非市場領域であるアンペイドワークによっても支えられています。アンペイドワークは誰かの責任において担われており、自然に湧き出てくるものではなく、生態系の機能もまた無尽蔵に供給されるものではありません。主流派経済学が人間の合理的選択とその結果としての効率的な資源配分を分析する学問であることに対して、フェミニスト経済学は、人間の生存に必要なものを備え、供給するプロヴィジョニングのありようを非市場領域も含めて分析することで、ケアを中心にすえた経済学を構想しようとしています。
本書の構成は、第1部が「理論と方法」で、フェミニスト経済学の分析視角として、合理的経済人仮説、アンペイドワーク、世帯内の意思決定と資源配分を検討し、分析ツールとして生活時間とジェンダー統計を提示しています。第II部の「領域と可能性」では、労働市場、マクロ経済、ジェンダー予算、福祉国家、金融、資本・労働移動、貿易自由化、開発、環境・災害という各分野におけるフェミニスト経済学の問題意識と分析視点を示し、フェミニスト経済学を体系的に学べるものを目指しました。
ただし、フェミニスト経済学は1つのまとまりとなる学問体系を目指しているわけではなく、経済学のルーツもさまざま、フェミニズムのルーツも様々で、それぞれの出自や立場の違いを認めて、その差異を許容しつつ、発展していくものと考えています。本書をきっかけに、日本でフェミニスト経済学が学問の世界でも、社会のなかでも認知され、フェミニスト経済学を発展させる仲間が増えていくことを期待しています。
◆主な目次
第Ⅰ部 理論と方法
第1章 フェミニスト経済学への招待
第2章 アンペイドワーク──人間のニーズとケア
第3章 世帯──世帯内意思決定と資源配分
第4章 生活時間──資源としての時間
第5章 ジェンダー統計──社会を把握するツール
第Ⅱ部 領域と可能性
第6章 労働市場──ペイドワークと格差
第7章 マクロ経済──再生産領域を加える
第8章 ジェンダー予算──ジェンダー主流化のためのツール
第9章 福祉国家──ジェンダー関係を形づくる
第10章 金融──金融危機のジェンダー分析
第11章 資本・労働力移動──グローバル経済の特質としての女性化
第12章 貿易自由化──競争優位の源泉としてのジェンダー格差
第13章 開発──連帯とエンパワーメント
第14章 環境・災害──レジリエンスの構築
◆出版社サイト
https://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641166202
◆書誌データ
書名 :フェミニスト経済学――経済社会をジェンダーでとらえる
著者 :長田華子・金井郁・古沢希代子編
頁数 :312頁
刊行日:2023/10/3
出版社:有斐閣
定価 :4070円(税込)