「わたし」を生きようとするすべての人へ

 Own my life(「わたし」の人生を生きること)は可能か?
 子どもの頃から、私の心にはいつもこの問いがありました。家庭の中では「女の子らしく」と言われて育てられた覚えはありません。けれども、社会から求められる役割を敏感に感じ取るタイプだった子どもの頃の私は、自分が女性であるということがいずれ何らかの枷(かせ)になると身構えていたのでしょう。
 本書は、長らく抱えてきたこの問いに、今あらためて向き合い、その答えを歴史の中に見出した探究の旅を綴ったものです。その過程は時空を超えた多くの女性たちとの出会いの連続でもあり、私は有名無名を問わず、過去に生きた女性たちから、人生へのエールを受け取ることになったのです。本書を通じて読み手の皆さんにもそのバトンを渡せたら。そんな思いで書き綴りました。
 女工哀史のモデルといわれる高井としを、織物工場で働く女性労働者たち、100年前の米騒動の発端となった富山の「おかか」たち、新宿中村屋の創業者である相馬黒光、そして女性教育の祖といわれる津田梅子。『若草物語』の作者として知られるルイーザ・メイ・オールコット、アメリカの工場で働くピューリタンや移民の女性たち、西部開拓の時代を生きた女性たち、そして家政学の祖といわれるエレン・スワロウ・リチャーズ。彼女たちは見えない不思議な糸でつながり、バトンを手渡しながら「わたし」を求め、現代社会を生きる私たちへ「Own my life(わたしを生きよう)」というメッセージを伝えています。
 日々の困難や葛藤を様々な機転で乗り越えていく日常生活世界にはユーモアがあり、文芸や手芸を囲むおしゃべりがあり、働きながら学び合い、分ち合う場を生み出す知性と熱意がありました。そうした日々の中で、「焼き芋」は自分の稼ぎで生きる実感を得る喜びの象徴であり、「ドーナツ」は甘い慰めであると同時に、女性たちが連帯するバザーのレシピでもありました。それをタイトルに掲げました。
 大上段に立った大文字の議論ではなく、こうした日常茶飯の小さな出来事がじつは世界を形作っているのではないか。それに気がついた時、世界が反転し、目の前には見たこともない風景が広がることを知りました。「わたし」を生きようとするすべての人にとって、本書がその風景に辿り着く一つのきっかけになれば、著者としては望外の喜びです。

◆書誌データ
書名 :焼き芋とドーナツ 日米シスターフッド交流秘史
著者 :湯澤規子
頁数 :368頁
刊行日:2023/9/28
出版社:KADOKAWA
定価 :2420円(税込)

焼き芋とドーナツ 日米シスターフッド交流秘史

著者:湯澤 規子

KADOKAWA( 2023/09/28 )