
「コーダ(Coda)」とは「聞こえない親を持つ聞こえる子ども」を指す言葉です。1980年代前半のアメリカで、自らも聞こえない親を持つミリー・ブラザーによって作られました。ミリーは、音楽用語で「本章とは異なる終結部分」を意味する「Coda」が、聞こえない親なくしてはありえないけれども親とは違っている自分たちの体験と重なるところがあると感じ、「Children of deaf adults」の略として、聞こえない親を持つ聞こえる子どもを「Coda」と表現したのです。大学の卒業論文で、自分と同じ立場の人たちをインタビューしたミリーは、卒業後も彼らと連絡を取り続けたいと望み、新聞を作り、そのタイトルを「Coda」としました。以来、この言葉は当事者やろう者の間に広がり、多くの人に愛着を込めて使用されています。
日本でも、「コーダ」という言葉は1990年代半ばにろう者や手話に関わる人々の間で知られるようになりました。近年では、2021年に制作された映画「コーダ あいのうた」や、2022~2023年にNHKで放送されたドラマ「しずかちゃんとパパ」「デフ・ヴォイス」など、コーダを主人公とした映像作品が高い評価を受け、さらに多くの人に認識されるようになってきています。しかし、ここで直面するのは、こうした作品で描かれた「コーダ」のイメージが強くなりすぎて、現実世界を生きるコーダたちがそのイメージで見られてしまうという状況です。確かに、「手話」という言語を使うろう者とその家族のあり方は、音声言語のみを想定している聞こえる人たちにとっては新鮮な印象を残すのですが、実際には、コーダの中には手話を使わない人もいます。時代の違い、国の違い、地域の違い、家族の違い、教育的背景の違い、個人の性格の違いなどが見過ごされたまま、「親が聞こえない」という一点をもって、他のコーダのイメージで理解されたかのように捉えられてしまうのは、個々のコーダにとってつらい状況になっていることもあります。すべてのコーダが「ヤングケアラー」であるかのように見られてしまうのも、コーダや聞こえない親の実感とずれているところが多くあります。
この本では、そうした現状をふまえ、年齢も性別も住んでいる地域も違う6人のコーダがそれぞれの文章を書いています。扱っている事柄も、学校生活、部活、就活、きょうだい関係、親とのコミュニケーションに使っていた通信機器、「聞こえない世界」と「聞こえる世界」の両方を意識して生きるということ、「コーダ」という言葉、他のコーダとの出会い、手話の学習、親の介護と看取りなど、さまざまです。「マイノリティの中の多様性」と言ってしまうと簡単ですが、それぞれの人が、聞こえない親との時間をどう過ごし、その後の人生経験を経てその解釈がどう変化してきたのか、具体的に立ち現れてくる様は圧巻です。それぞれのコーダの視点から見た世界を、ぜひ堪能して頂きたいと思います。
◆書誌データ
書名 :コーダ 私たちの多様な語り
著者 :澁谷智子
頁数 :208頁
刊行日:2024/2/10
出版社:生活書院
定価 :1650円(税込)
慰安婦
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