インタビュー 社会学者上野千鶴子さん [女性新聞 特別企画―介護のジレンマ]
2024.12.06 13:47 配信 女性新聞 申茶仁(シン・ダイン) 記者
[女性新聞 特別企画―介護のジレンマ:介護労働の価値を認めろ インタビュー]
日本の代表的なフェミニスト・社会学者上野千鶴子東大名誉教授インタビュー
「介護サービスが安価なものだという「常識」は捨て、公費を投入すべき」
2000年日本、韓国に先駆けて介護保険制度を施行
10年間の介護現場の研究を網羅した『ケアの社会学』が2024年5月韓国語出版
「介護保険は「介護保険内の準市場」と「介護保険外の自由市場」の二重労働市場を作ってきた」

ⓒ上野千鶴子さん
日本を代表する女性学者であり社会学者である上野千鶴子は2011年の『ケアの社会学』で「男性がケアに参加する前に、外国人女性がケア労働を担う可能性が非常に高い」と予測した。
それから13年後の2024年9月、韓国にフィリピン人の家事管理士100名が入国した。モデル事業(韓国雇用労働部とソウル市が行っている外国人家事管理士事業)が導入され、1ヶ月たったところ、24世帯の家庭がフィリピン人家事管理士を中途解約した。一部の家庭では家事管理士に賃金を支払わなかったり門限を設定したりしていて、また一部の家事管理士は雇用されている家庭を無断で離れた事件など様々なことが起きた。だが、韓国政府は2025年上半期までフィリピン人の家事管理士を1200名に増やしてモデル事業を推進しようとしている。
上野千鶴子さんは「介護労働の低評価は、女性が家で行う無償の非熟練労働が介護労働だとみなす価値観のせい」としながら「男性が介護に参加しない限り、介護の価値は高くならないだろう」と話していた。続いて、外国人労働者に介護を外注化した後は「ロボットに高齢者の介護を任せるだろう」と予測した。
上野千鶴子さんは「介護サービスが安価なものだという'常識'は捨てるべき」と強調した。女性新聞は2024年11月25日と29日の2回にわたった書面インタビューを通じて、良い介護とは何か、また、加速する高齢化の中、高齢者介護の社会保険制度をどのように改善していくべきかを聞いた。以下は一問一答。
ー「良いケア」とは何でしょうか。
「当事者ニーズに合ったケアです。ニーズに合わないケアは無駄なだけでなく迷惑です。高齢者のニーズに合わせた介護が良い介護とは、ケアはケアの与え手と受け手の相互行為ですが、「ケアの質」の最終判定者はケアの受け手であることを意味します。それが『当事者主権』の考え方です。ニーズは当事者によってさまざまです。お酒を飲みたい人や外出したいひともいるでしょう。それに対応することが個別対応です。」
ー『ケアの社会学』をお書きになった頃と比べ、日本における「当事者主権」に関する議論はどのように進展していますか。
「介護保険25年間の歴史のあいだに日本の介護現場では経験値が上がり、スキルがアップし、人材が育ちました。在宅をのぞむ高齢者を最期まで支えるケアが可能になっています。家族が同居していない独居の高齢者の在宅みとりもできるようになりました。ですが介護保険だけでは十分ではありませんので、自費サービスの負担がかかりますが、それほど大きな額ではありません。
とはいえ、これが可能になったのは高齢者の権利意識が強くなったからではなく、現場のサービスが向上したからです。ですがこれまでの高齢者とこれからの高齢者は違います。わたしたち戦後生まれの世代は権利意識が強くなるでしょう。」

ⓒ上野千鶴子さんが介護保険施行以来の約10年の変化を追跡して執筆した『ケアの社会学』(2024年韓国語版)の表紙
ー当事者からの要求が強くなかったのに、なぜ現場のサービスは向上できたのでしょうか。
「高齢当事者が権利意識を持って主張してこなかったために、介護保険の改悪が次々に行われてきました。介護保険の現場の進化は、ひとえに現場の良心的な担い手の経験値が上がり、どうすればお年寄りに喜んでもらえるかがしだいにわかってきたからです。それというのも、地域社会の「共助」の担い手であったNPOなどの事業者には、「自分がほしいサービスを提供する」という理念があったからです。」
ー介護保険の導入によって、介護を社会全体で担うようになったことで、女性が受ける「ケアペナルティ」が緩和されたのでしょうか。
「介護保険の制度設計の意図と効果は、「家族負担の軽減」です。家族負担はなくなったわけではありませんが、確実に軽減しました。」

上野千鶴子さんと樋口恵子さん(高齢社会をよくする女性の会 前代表) ⓒ上野千鶴子
ー介護に対する社会的評価が低いままです。介護保険の導入後の社会について「公的家父長制」と表現していますね。
「 「女が家でやる無償の非熟練労働」という介護労働観が原因だとしか思えません。つまり家父長制が原因です。妻や嫁や娘が家庭内で介護という不払い労働を強制されることを「私的家父長制」と呼びます。そのケア労働が家庭内から家庭の外へ出て対価を伴う労働になっても、いちじるしく低賃金にとどめられる状態を「公的家父長制」と呼びます。「高齢社会をよくする女性の会」の前代表、樋口恵子さんは、介護保険によってケアワーカーは「家の嫁から社会の嫁になった」とうまい表現をなさいました。」
ーイギリスのフェミニスト社会学者ジェーン・ルイスは、「男性が介護にもっと関与するようになるまでは、介護の価値は今より高くならないだろう」と述べています。これに対して、上野さんは『ケアの社会学』で、男性の介護参加の前に外国人女性が介護労働をする可能性が高いと予測されました。先生の予測は現実のものとなり、グローバルケアチェーン(Global Care Chain)現象が世界中で広がっています。この現象が終息する時には、何が起こると考えますか。
「ルイスが言うとおり男性が介護に参加しない限り、介護の価値は高くならないでしょう。ですが男女賃金格差と為替格差が継続する限り、男性は高収入のしごとを手放す代わりに、稼いだお金で⑴まず介護を市場にアウトソーシングし、⑵次ぎに外国人労働者を使い、⑶最後にロボット化をめざすでしょう。「この現象が終息する」には、世界の不平等がなくなっていなければなりません。」

2024年9月26日「移住家事ケア労働者の権利保障のための連帯会議」発足記者会見(ソウル市庁前)@申茶仁

2024年9月3日、ソウルのある家庭で働いているフィリピン人「家事管理士」が業務ノートを書いている。ⓒソウル市ホームページ
ー子どものケアではロボットは導入されないのに、なぜ、高齢者のケアでは特に「ロボット」が注目されているのでしょうか。
「子どものケアにロボット化を導入しろと誰も言わないのは、子どもは人と人の間のあいだでしか育たないことを誰もが知っているからです。それにもかかわらず高齢者にはロボットをあてがっておけばよいと考えるのは、年寄りの世話はその程度でよい、と社会が高齢者を侮っているからです。高齢者差別(agism)のあらわれと言うべきでしょう。」
ー韓国の介護サービスは、政府の財源で育成された市場で、主に民間の営利事業者が競争しながら提供しています。このような擬似市場メカニズムでは、非営利事業者も市場原理から抜け出すのは難しく、また高齢者とその家族は商品化されたサービスを消費者として購入する立場に慣れています。このような状況では、利用者は低価格で介護サービスを購入しようとする一方で、介護労働者は低賃金など劣悪な労働環境から離脱しています。このジレンマをどのように解決すべきだと考えますか。
「公的介護保険制度のもとでは、介護サービスの価格は公定価格として統制されています。準市場には自由市場のように需給バランスによる価格メカニズムが働きません。大きな問題はこの公定価格が(為政者の意図によって)いちじるしく低く設定されていることです。
介護労働者の劣悪な労働条件は、介護サービスの公定報酬を上げれば解決することがわかっています。ですがそうすると当然利用者の負担が増えます。しかし介護サービスが安価なものだという「常識」は捨てなければなりません。利用者負担を増やさないためには、介護保険に公費を投入することです。
それに加えて、介護保険がカバーする利用料の上限が設定されているために、それを超えた部分について、保険外自由市場が生まれていることです。保険外自由市場では価格競争が起きますし、外国人労働者も入ってくるでしょうし、また労働者の資格やケアの質の管理も行われません。介護保険が、保険内準市場と保険外自由市場との二重労働市場をつくることが問題です。」
ー高齢化はますます進行していく中、「そのすべての高齢者に対して国が責任を負うには財政負担が大きくなる」という批判もあります。(介護労働者の)労働時間の短縮のため、家族が介護を担う責任も必要だという主張も出ていますが。
「家族が再び介護を担う責任を「再家族化」と呼びます。再家族化は望ましくもありませんし、不可能でもあります。介護保険があっても介護の家族責任はなくなっていませんし、これだけ少子化が進めばもはや家族介護資源に頼ることはできません。唯一の解は介護労働者の労働条件を上げること、すなわち賃金を上げることです。
介護労働者たちは賃金が安いことを不満に思っています。国の財政負担は、何に優先して予算を使うかという政治の選択で決まります。お金がないわけではありません、軍事費に使うお金はたくさんあります。軍事費に使うより民生費に使うべきでしょう。」

2024年5月17日、ソウル市社会サービス院の解散を控えてソウル市庁近くで行われた解散反対集会の後、ソウル市社会サービス院の労働者たちが「公共の介護を守っていこう」と、ソウル市長との面談を要求した。この日、警察の妨害で面談はできず、労働者4人が逮捕された。ⓒ公共運輸労組
ー上野さんは福祉多元社会論の視点から、官・民・協・私の多元的な主体がケアを協力・分担するべきだと主張されています。特に、協セクター(市民社会)の役割を強調されています。しかし、最近日本では、大企業の介護ビジネス参入により、協セクターが設立した介護事業所が廃業するケースがどんどん増えていると聞いています。このような状況においても、協セクターがケア供給の役割を担うべきだと考えますか。
「おっしゃるとおりのことが起きています。資本力のある大企業の系列化とクリームスキミング(高価格帯サービスの選好)によって中小零細の良心的な事業者(その多くがNPOです)が追いつめられています。当事者とその家族がケアの質を見極める判断力を持つことが大事です。利用者の信頼を得ることができれば、こういう良心的な事業所は生き残ることができるでしょう。
ー上野さんは研究とともに、市民社会との連帯活動を続けておられます。今後、どのような活動をするつもりですか。
「私自身が高齢化しましたので、これからは高齢当事者、いずれは要介護当事者として発信を続けていきたいと思っています。次の目標は、「めざせ、要介護高齢者!」です(笑)」
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→上野千鶴子さんは誰?
日本の代表的な社会学者。韓国のフェミニズム運動にも影響を及ぼしてきたが、『女ぎらい』が韓国語に翻訳出版され「ミソジニー」という概念が広く知られた。米タイム誌が発表した「2024年世界で影響力のある100人」に選ばれた。
2000年、介護保険制度が導入されたから約10年に及ぶ社会変化を網羅した『ケアの社会学』を2011年出版した。現在、ケア現場とケア労働問題の研究に力を注いでいる。
元記事URL:https://www.womennews.co.kr/news/articleView.html?idxno=255261
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*女性新聞社より翻訳および転載の許諾を得ています。
写真提供:上野千鶴子、申茶仁、公共運輸労組
翻訳:金ディディ
1編 https://wan.or.jp/article/show/11618
2編 https://wan.or.jp/article/show/11690
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