
キリスト教と暴力
十字架上でのイエスの苦しみと死が人間にとっての救いを象徴する。それがキリスト教の核心だと長年にわたり教会は教えてきました。20世紀後半より、フェミニスト神学者たちは、伝統的な救済の教えに疑義を呈し始めました。本書は、1950年代生まれの二人の女性の神学者が、自分たちの経験からキリスト教の内側に潜む暴力性を見つめ、トラウマからの修復のプロセスを語ります。
リタ•ナカシマ•ブロックは、日系アメリカ人。父親は米軍兵士で、彼女が六歳の時に渡米し、人種差別の厳しさを肌で感じながら成長します。レベッカ•アン•パーカーは、ワシントン州の片田舎の教会の牧師の娘でした。二人が出会ったのは、クレアモント大学の神学部です。
70〜80年代の神学部でリタは、フェミニスト神学の活動に積極的で、やがてアジア系アメリカ人女性として初めて、神学博士号を修得し、神学者として自立して生きることを選びます。一方、神学部を卒業後、牧師になったレベッカは、女性の教会員から相談を受けます。その多くが性暴力にまつわるものであり、フェミニスト神学の必然性に気がつきます。
二人は、自分たちの心の傷と痛みを正直に話すことで、まったく新しい神学の可能性を開いていきます。リタにとっての絶え間ない心痛は、五歳で日本の祖父母から引き離され、アメリカの白人男性社会に適応しなければならなかったことです。レベッカにとっての苦しみは、幼児期の性的虐待の記憶が成人してよみがえったことです。三度の結婚、自死の誘惑、トラウマの中で見出した信仰の在り方が、語られていきます。
キリスト教の知識があったほうが読みやすいとは思いますが、家庭内暴力や児童虐待、人種差別など、さまざまな形で身近に経験する暴力に抵抗し、サバイバーの声に耳を傾けること、あるいはサバイバーとして語ることの重要性に気づかされます。むろん、キリスト教の十字架の神学と自己犠牲の両方を拒否し、知恵に裏づけられた愛の形を語る神学書として画期的なものです。
書名 :『灰の箴言:暴力、贖罪における苦しみ、救済の探究』
著者 :リタ•ナカシマ•ブロック、レベッカ•アン•パーカー
頁数 :449頁
刊行日:2025年3月15日
出版社:松籟社
定価:4620円(税込)
