エッセイ

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上野千鶴子 『慰安婦をめぐる記憶の政治学』出版によせて (下)

2014.10.05 Sun

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.以下にご紹介するのは、今年7月に韓国で公刊された『慰安婦をめぐる記憶の政治学』(イソニ翻訳 現実文化、『ナショナリズムとジェンダー』が韓国で翻訳され公刊)を紹介する、『京郷新聞』の記事における、上野千鶴子さんへのインタビューです(7月18日付)。

なお、ハングルでの表示と上野さんご自身が日本語で提供したインタビュー記事には細かな違いがありますが、本記事は、日本語による上野さんのお応えを尊重して編集されています。

上野千鶴子先生 インタビュー

1.上野千鶴子先生は「日本政府は日本軍『慰安婦』問題をめぐって何度も戦後処理を誤る愚をおかした」と本に書いておられます。先月、安倍晋三総理が河野談話を否定し、慰安婦問題は、解決への道から更に遠ざかったように思えます。2014年の日本政府のこのような態度についてどのように思われますか。

いらだたしい、の一語です。歴史上冒したあやまちに加えて、それを戦後どう処理するかの過程でもあやまちをおかし、「慰安婦」問題への対応でもあやまちをくりかえしました。いったん融和に向かいそうになったと思えば、保守政治家のホンネがあらわれて、せっかくの成果をぶちこわしにします。最近、毎日新聞(7/13付け「松田喬和のずばり聞きます元衆院議長河野洋平氏」)に河野洋平氏(1994年「河野談話」発表時内閣官房長官)が沈黙を破ってインタビューに登場していましたが、こんなことを発言していました。少し長いですがご紹介しましょう。

「なぜかは分かりませんが、明らかに日韓の友好関係が深まることを望んでいないかのように思える人たちがいて、彼らから押されるようにして「談話を検証しろ」という提案が出された」と河野氏は指摘します。

和解はつくるのも維持するのもむずかしく、それを壊すのはいともかんたんだと河野氏はこう言います。

「私の先輩世代の日韓の政治家や日韓交流に関わる方々が大変な苦心をして積み上げてきたものがいっぺんに壊された。驚きを通り越して、信じられない思いです」

最後にどうすれば現状を改善できるかと問われて、こう答えています。

「結局、有権者が政治を変えるしかありません。それには今の政治・政権への不信感や不満を決して忘れないことです。世論調査などを通じて「今の政治は民意とずれている、次の選挙は大変ですよ」と政権にメッセージを送り続ける。内閣支持率が大きく下がれば政権だってぎょっとしますよ。これに尽きます。」

元自民党内閣の官房長官だったひとが、「政権を変えよ」とまで言っているのです。「慰安婦」問題ばかりでなく、特定秘密保護法の制定、国家安全保障会議の設置、武器輸出三原則の変更、解釈改憲などいまの安倍政権の暴走ぶりに危険を感じている政治家は保守党内にもいます。わたしたちの危機感は強まるいっぽうです。

2.一般的に韓国人は日本の若い政治家である橋下徹市長たちによる「日本軍『慰安婦』の強制的な動員はなかった」という発言を衝撃的にとらえています。若い政治家たちでさえ、未来志向的な態度を持てずにいるという点は、より心配を深めています。このような現状をどのようにとらえておられますか。

橋下市長の世代には、保守的な思想の持ち主がたくさんいます。彼らは夜郎自大な大国意識のもとに、自分たちのなけなしのプライドを守ろうとしています。その彼らの「アキレス腱」が「慰安婦」問題なのです。若者たちのあいだにも、このような保守思想は再生産されています。

「過去を学ばないものは歴史に報復される」ということばがありますが、日本の戦後歴史教育は、近代史を教えないことでみごとに日本の文部科学省の意図通りの効果をもたらしたようです。ですが歴史教育は、つねに闘いの場です。歴史教科書の採用をめぐっても各地で闘いは続いています。いまのところ「新しい歴史教科書」を採用する自治体はごく少数にとどまっており、市民たちがその動きを押し戻しています。歴史教育については日中韓の協力が必要だと思います。

3.韓国ではパク・ジョンヒ(朴正煕)元大統領の娘であるパク・クネ大統領が、そして日本では元首相岸信介の孫である安部晋三総理が、両国の指導者であるというアイロニカルな状況です。先生は慰安婦問題の解決において代議民主主義の代表性の限界を言及しておられます。しかし同時に国家の解決方法についても述べておられます。葛藤の溝が深まる中で、現在、両国の指導者が慰安婦問題の解決のために最も優先すべきことは何であるとお考えでしょうか。

平和です。

ことに北朝鮮の状況が危機的な様相を示している今日、何よりも優先されなければならないのは、東アジアの平和です。平和のために東アジア諸国の協調が必要なときに、火種に油をそそぐようなことは、やってはなりません。にもかかわらず一部の国内世論に押されて拙劣な外交政策を採る政権をわたしたちはいただいています。平和がなければ女性の人権は守れません。互いの歩み寄りのために関係者がありとあらゆる努力をすべきなのに、事態は反対の方向に向かっています。そしてその対立が国内のナショナリズムの動員に利用されています。

4.1995年「女性のためのアジア平和国民基金」は失敗したと先生は評価しておられます。なぜそれが失敗だったのかについて本書の中で説明しておられます。それならば、国民基金が失敗しないためにはどのようにするべきだったのでしょうか。

国民基金の成果を評価するのは、たいへんつらい思いがあります。

国民基金は失敗でした、なぜなら被害者の女性の要求とは異なるものを差し出したからです。それを受け取ることを被害者の多くが拒否したのは、当然だと思います。

村山富市さんを初めとした国民基金の担い手の方たちは、善意からまちがいを冒しました。彼らは戦後日本の良心ともいうべきひとびとで、そのまちがいを容認することはできなくても、彼らの善意を疑うことはできません。政治は意図でなく結果で判断されるものですから、善意が冒したあやまちをわたしたちは反省材料にしなければなりません。

ですが、残念なことに、国民基金を設立した95年が、戦後史上、社会党党首が内閣首班になるという希有な政治状況のもとで、たとえ不十分であれ、国民基金のような制度をつくる最初で最後のチャンスだと担い手が判断したことは、その後の歴史のなかでそのとおりだったことが証明されてしまいました。95年以降、日本の政治は右傾化し、国民基金は右からの攻撃にさらされつづけました。今日の政治状況では、国民基金のような制度をつくることは、95年当時よりももっとむずかしくなっているでしょう。

国民基金が失敗しないようにするためには、被害者の要求である、⑴公的謝罪と⑵国家による賠償に応じるしかありませんでした。そのためには、戦時補償特別立法を国会で成立させればよいこともわかっています。が、これまでもたびかさなる議員立法の試みは、すべて多数政党に否定されて、いちども成功していません。これまでよりも政治状況はもっと悪くなり、特別立法の成立の可能性は、ますます遠のいています。

あの当時の日本政府にとってせいいっぱいの政治解決だった国民基金が失敗に終わったことで、関係者はふかい失望のもとにあります。国民基金を批判することは自由ですが、それを批判したからといって、代替案を実現できたわけではなかったわたしたちもまた、ふかい無力感にとらわれています。事態は20年前より悪化しており、わたしはたびたび「どうしたらよいか」と問われますが、答は見つかりません。

5.国民基金に限界があったのなら、日本の市民や市民社会団体が2014年現在、日本軍「慰安婦」問題の解決のために、今できることは何だと思われますか。

国民基金が失敗に終わったことで、次のステップにはこれ以外の解決方法を探さなければなりません。状況はきびしくなったのに、ハードルは上がりました。どんな解決にも100点満点はありません。多様な関係者が合格点を出せるような解決策へ「軟着陸」できればよいのですが。被害者の方たちは高齢化し、亡くなるひとも増えています。タテマエや面子よりも、何よりも被害者ご本人のために、関係者のちょっとずつの歩み寄りをのぞみたいところです。

6.『ナショナリズムとジェンダー』初版のあとがきで「固有の『わたしの責任』がある」と述べておられます。本書が出版されてから15年ほどが過ぎました。この言葉に対する答えがどのように進化したのか、興味があります。アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.わたしには「国民」としての責任のみならず「女」としての責任、「研究者」としての責任、「教育者」としての責任、「市民」としての責任等々があります。わたしは高齢期に入り、人生の過半を過ぎました。「こんな世の中に誰がした」と言われたら、言い訳できない年齢になりました。いまの若いひとたちに「こんな世の中」を手渡さなければならないとしたら、責められる立場にいます。3.11とそれにつづく福島原発事故はわたしたちに大きなショックを与えました。日本人は自分たちの責任で国土を汚染し、多くのひとたちからふるさとを奪ってしまいました。このような事態を招いたことに、わたしたちの世代は責任を感じています。

女性の思いを政治に届けること、わけても「不戦」と「非核」はジェンダー平等の前提条件です。その責任の一端を果たそうと、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワークを設立しました。インターネットを通じて女性をつなぐウェブ事業ですが、そのなかでは「慰安婦」問題は重要なテーマのひとつになっています。お手本は韓国のIldaですが、情報を提供するメディアであるにとどまらず、女性のためのアクションを起こせる行動体でありたいと、オフラインの事業にも力を入れています。(http://wan.or.jp/)

7.先生は「国民」、「女性」といったカテゴリーの否定ではなく、「より多様なカテゴリー」というカテゴリーの複合化について述べておられます。これが先生の主張する脱植民地主義的な解決方法とつながるのでしょうか。

カテゴリーに所属することは誰にも否定できませんが、カテゴリーに縛られる必要はありません。あるカテゴリーを相対化するのは、べつなカテゴリーにほかなりません。グローバリゼーションのもとで、ますます個人が多様なカテゴリーのもとに置かれるようになった今日、ひとつのカテゴリーで個人を説明することはできません。カテゴリーの多様性と差異を認める方向に、脱植民地主義も多文化主義も向かっています。「カテゴリーの複合化」は、わたしだけの意見ではなく、世界史的な潮流だと思います。

8.植民地時代の犯罪に直接関わっていない日本人がすべき反省の範囲はどこまででしょうか。あるいは反対に、植民地時代に生まれておらず、植民地被害を直接経験していない韓国人が日本人に対してどのように謝罪を求めるべきだと思われますか。

謝罪を求めることができるのは当事者であり、代理人が受け取ることはできません。誰も被害者を代理・表象することはできません。国家もです。戦後生まれの日本人と韓国人には、過去をめぐる代理戦争をするよりも、「いま」の日韓関係をどのようにつくりあげるかという責任があります。過去は変えられませんが、現在と未来とは自分たちの手でつくりだせます。親たちの世代に不幸な関係があったとしても、その子どもの世代は、異なる関係を築けるはずです。

9.いまでも韓国では日本軍「慰安婦」問題は民族問題として過剰に言説化されています。「挺身隊問題対策協議会」の運動のやり方も大きく変わってはいないように見えます。韓国の方々へ伝えたいメッセージがあればお願いします。

「民族」が韓国で「慰安婦」問題をめぐる国民的な運動を起こす際の強力な言説資源であったことはたしかでしょう。ですが、それをいったん採用することによって生じる功罪の両方を、見極めなければなりません。「慰安婦」の被害者の方たちを、「国家」や「民族」が領有してはなりません。被害者の尊厳を回復することは、韓国人の民族としての尊厳を回復することと同じではありません。何がほんとうに被害者のためなのか、原点にもどって考え直してもらいたいものです。

10.先生も本書を出版されてから、韓国社会から「帝国のフェミニストではないのか」という批判を受けたこともあったように思います。そのような誤解はもう解決されたと思っておられますか?あるいは解決できると思っておられますか?

残念ながら解決されたとは言えません。根拠のない誹謗のせいでいったん定着したイメージはなかなかくつがえせないものです。わたしが日本政府に同調する「帝国のフェミニスト」かどうかは、他人の貼ったレッテルを信じるより、どうぞわたしの書いたものを読んで、自分自身の目で判断してください。そして共に闘わなければならない共通の敵がいるときに、少数派のフェミニストのあいだで、味方になるはずの相手を中傷し排除する愚は避けてほしいものです。

11.在日朝鮮人の徐京植先生は、2011年『ことばの檻』(韓国語版)の中で「ナショナリズムの批判と戦後の責任回避のひっくり返った結合」だと上野先生を批判しました。戦後責任論者である高橋哲也に対して上野先生は「ナショナリズムの罠に捕らわれている」と批判したことに対する評価でした。これについて先生は、どのように応答したいと思っておられますか?

わたしは日本人の戦後責任を否定したことはいちどもありません。わたしは日本国民のひとりとして戦後および現在の日本の政治に責任がありますが、それは高橋哲也さんのいう「無限責任」とは別のものです。わたしは、個人が国家や民族を背負う必要はないし、そうすべきでもない、と言ったので、その考えに今でも変わりはありません。

12.1991年、上野先生は金学順さんの証言に大きな影響を受けて、本書を書かれたと述べておられいます。金学順さんは1997年に亡くなられました。そのニュースにお聞きになって、どのような心境だったのか、お伺いしたいです。

生きておられるあいだに金さんの告発に応えることができず、ふがいない思いです。金さんがなさった勇気あるおこないは、歴史に残るでしょう。金さんのメッセージはわたしをも含めて多くの日本の女に、それだけでなく一部の男にも、たしかに届きましたから。

13.現在、韓国人の慰安婦被害者として知られている234名の中で、生存者は54名だけです。その上、ほとんどの方が高齢者です。彼女たちは未だに日本政府の謝罪を切実な思いで待っています。日本人として、また日本人女性として彼女たちに伝えたい話があれば。

日本の政治状況は金さんが告発された91年よりも右傾化しており、それを食いとめることができなかった非力さが悔しいです。つらい過去を持った方たちの晩年がせめて平穏であってほしい、と願ってきましたが、それがかなわない状況を情けなく思っています。

14.韓国の読者にこの本をどのように読んで欲しいですか。

日本政府は、北朝鮮の拉致被害者を日本ナショナリズムのために利用しました。「慰安婦」問題もまた韓国政府によってナショナリズムのための資源として動員されています。ナショナリズムは、「われわれ」と「彼ら」を対立させる思想です。被害者に共感し自分の責任を果たすために、ナショナリストになる必要はない、というメッセージをあらためて伝えたい、と思います。








カテゴリー:慰安婦特集 / シリーズ

タグ:慰安婦 / 憲法・平和 / / 戦時性暴力 / ナショナリズム