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子どもの視点からのDV問題:ノルウェー絵本「パパと怒り鬼~話してごらん、だれかに」を出版しました
2011.09.26 Mon
「ボイの絵本出版プロジェクト」
荒川ユリ子・中田慶子
DVのある家庭で暮らす子どものつらい気持ちと、加害者更正をテーマにしたノルウェーの絵本「パパと怒り鬼~話してごらん、だれかに」の日本語版の出版が実現しました。
「ひさかたチャイルド社」 1890円http://www.hisakata.co.jp/book/detail.asp?b=5027
出版後1カ月ほどたちましたが、シビアな内容であるにもかかわらず、予想以上の様々な反響をいただいています。
特に、DV被害当事者の女性から、DV家庭の子どもへの支援と加害者更生プログラムの公的な施策を望む切実な声も届いており、DV防止法が制定されて10年経った今も、被害女性が夫から逃げるための支援が中心で、暴力そのものの問題解決には程遠い日本の現状に、一石を投じる絵本になったのではないかと思っています。
出版までの経緯
(中田慶子 「NPO法人 DV防止ながさき」)
2年前にこの「パパと怒り鬼」の原本を通訳者の青木順子さんから初めて見せてもらった時、DVを子どもの視点から描き、その心理がとてもよく描かれていること、加害者更正までも描かれていることなど、日本では見られない構成にとても感銘し、ぜひ日本語版の出版をしたいと願いました。私は87年~89年に家族でノルウェーに滞在、そのおりに出会った人権教育、男女平等社会、女性の政治参加などの状況に、たいへん刺激を受けました。現在はDV被害当事者の支援・防止啓発にかかわっていますが、DVの子どもへの影響の深刻さが意外に教師や保育関係者には知られていないということを実感しており、どうにかしてこのことを一般の方にも知ってほしいと思っていました。そういう折にこの絵本と出会い、DVの家庭で育つとはどういうことなのかが、読む人にとても良く伝わる絵本だと思いました。
この本の翻訳出版にあたり、さまざまな方へ協力の呼びかけをしましたが、DV支援活動をされている方々からは、「絵が怖すぎる」「フラッシュバックをおこすのが心配」「加害者が更正するという安易な希望を子どもに与えるのはよくない」「王様という権威が問題解決するというのは安易」など、批判的な意見も多くいただきました。私も支援活動をしている一人として、その危惧も十分理解しているつもりです。しかし、この絵本の結末は、決してハッピーエンドではなく、ようやく自分と向き合い始めた父親と離れて、母と子どもが安心・安全な場にいることを表現しています。また、ノルウェーの文化を知る人にはよく理解できることですが、王様の登場は、権力ではなく社会的権威の象徴として、誰でも支援にアクセスできるということを象徴しています。もちろん、その本をどう読むかは読み手の自由ですので、解釈は無限にあるかと思いますが、それぞれのお立場で、この本にこめられた思いを読み取ってくださればと思います。
「男女平等の本」出版から「パパと怒り鬼」へ
(ノルウェー「男女平等の本」を出版する会 荒川ユリ子)
私がノルウェーの小中学校用副読本「男女平等の本」に出会った1991年には、ノルウェーでは、すでにDVが社会的な大きな問題となっていました。日本では、DVが一般的にはまだ知られていなかった頃です。
「男女平等の本」は、1983年に発行されていますが、DVは、中心的なテーマの一つとして、いじめや戦争まで視野にいれた暴力全体の中で位置づけられて展開されています。
(日本語版は1998年に当会から翻訳出版
http://www.original-style.com/BOOK/)
このように、教育でも早くからDV防止が進められてきていますし、シェルターもノルウェー全土で増え続け、国際的にも、例えば独裁政権崩壊後のルーマニアでシェルター設立にノルウェーの女性団体が大きな貢献をするなど、ノルウェーは、公的にも民間でもDV防止について先駆的な施策が行われてきています。
そのようなノルウェーでさえ、この絵本が出版されたのが2003年であることから分かるように、DV家庭での子どもの問題は、なかなか取り上げられませんでした。それは、次のような性暴力被害者支援の活動をしている方からの感想が指摘しているように、問題が複雑だからだと思います。以下、その方からいただいた感想を抜粋してご紹介します。
<「君が悪いんじゃないよ」「ねえ、そろそろ話してもいいんだよ。もう充分我慢した」
「分かってる。お父さんのこともお母さんのことも大好きなんだよね」
「でも、僕は君のお父さんにもお母さんにもひどいことはしないよ」
……だから頼むから、「助けて」って言ってくれ。じゃないと助けられないんだよ!
支援者の多くが心の奥で何度も泣きながら、ただ怯えて口を閉ざす子に向き合い、その心に触れることさえできずにいました。救済の突破口を目の前にしながら、被害者である少年自身によってハシゴを外され、悲嘆にくれることもありました。
しかしこの本には、少年たちが、あるいはかつての僕が、必要としていた言葉があります。
「心配いらない。逃げていい。全部話して大丈夫なんだよ。ここで君を待ってる」
・・・・・
この本では、暴力をふるう父親が改心するくだりがあり、その一点のみにおいて、現実と乖離したファンタジーだと、切り捨てる人もいることでしょう。
しかし、例えばこの本が、ボイが助けを求めたことによって、父親と引き離される結末になっていたら……?
親から殴られている少年たちは、親を失うことにも怯えなければなりません。
少年たちが自身の救済よりも、親が罰せられずに済む、つまりは自分が殴られ続ける生活を選ぶ「現実」も、作者はよく知っていたのでしょう。だから「自分が絵本を作っても、同じ終わり方にするだろう」と、僕は思いました。
DVで思考できなくなっている成人女性に言うべきことと、親に全て依存するしかない立場である子どもに語りかけることはちがうのです。「お父さんのことも救えるよ」と、安心させてあげなければだめなのです。
(もちろん、本当に親が暴力から離れられるよう、親のことも支えなければなりません。)
今は“ファンタジー”でも、渾身の力で夢を語り、子どもを支えようとする、作者をはじめとする、皆さんのような大人がいてこそ、子どもは語り出せます。
小さな頃から、「助けて」と言っていいんだと、教えましょう。
安心していいよ、と言ってあげましょう。
この本が果たしてくれる役割はそういうもので、僕は今、とても幸福な気持ちです。>
日本では、子どもたちにはやさしい楽しい絵本がよいという風潮がありますが、現実には、いろいろな理由で苦しんでいる子どもたちがたくさん存在し、その理不尽な苦しみの理由を知りたがっていると思います。助けを求めているそんな子どもたちに、ぜひこの絵本を届けたいと願っています。
2004年の児童虐待防止法の改正で、家庭内でのDVの目撃が心理的虐待にあたるとされましたが、実際の裁判では、子どもに直接の暴力がないと、子どもの心理的被害はまだまだ考慮されていないようです。子どものつらい心の動きが、自分がその少年であるかのようにリアルに私たちの心に迫ってくる「パパと怒り鬼」を、司法関係者にもぜひ読んでいただきたいと思っています。
ノルウェーの児童文学賞の受賞作品であり、絵本としての完成度が高い「「パパと怒り鬼」は、読む人の心を揺さぶります。DVに限らず、心の奥底につらさを抱えた人たちにも「話してごらん」と語りかけてきます。すぐれた絵本の持つ深い洞察力は、どなたにも共感を呼び起こすと思います。
今、苦しんでいる子どもたちだけでなく、かつてそのような子どもだった大人、加害者の男性、DVに苦しみながら助けを求められずにいる被害女性、DV防止や児童虐待防止活動の関係者、そのほか、保育所、幼稚園、学校、病院、民生委員、保護司、警察、司法関係者、行政職員など、子どもたちに直接関わっている方々にも広く読んでいただき、日本でのDV防止と支援の充実につながればと願っています。
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タグ:DV・性暴力・ハラスメント / 本 / ノルウェー