エッセイ

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インドネシア人看護師・介護士のゆくえ 上野 千鶴子

2009.05.19 Tue

<アジア各国との経済協力協定の発効に伴って、インドネシアから第1陣が来日、現場で働き始めた。日本の受け入れ要件はかなり厳しい。難しい日本語をマスターして、看護士や、介護福祉士試験に短期間で無事合格できるのか?そしてその先は?> 「血圧っていう字が読めないんですよ・・・」
 麻生首相のことではない。昨年8月に来日したインドネシア人看護師の研修生と面談したときのことだ。半年間の集中的な日本語研修で、日常会話はじゅうぶんにこなしている。
「意味がわかれば、なあんだ、っていうことばかりなんですけどね。」
とスカーフ姿の女性は流暢な英語で話す。看護師資格の国家試験にも挑戦してみた。意味さえわかれば少しもむずかしくない、という。問題は漢字が読めないことである。
 今回EPA(経済協力協定)で来日したインドネシア人看護師は、現場で3年以上の経験のある有資格者が中心。しかも彼女はサウジアラビアの病院で2年間働いたことがある。使用言語は英語。流暢なのにも理由がある。
 だが、日本語の壁は厚い。わたしが外国でパソコントラブルを起こしたとき、助けてくれたエキスパートの女性が、スクリーン上のシンボルにひらかな、カタカナ、漢字の3種類の異なる文字があることに気づいて、これはすべてニホンゴか、とわたしにたずねた。そのとおり、と答えたわたしに、彼女は言ったものだ。「これをすべて学ぶなんて、かわいそうなニホンの子どもたち!」
 ほんとにそう思う。だからわたしは子どもたちにいつも言うのだ。あなた方は世界でいちばんむずかしい言語を習得できたのだから、なんだってできる、と。
 来日したインドネシア人の看護師たちは、日本で国家試験に合格するまでは、たんなる看護師候補者にすぎない。滞在期限は4年間。そのあいだに合計3回、国家試験に挑戦できる。介護士のほうは、受験のチャンスは1回のみ。合格すれば、専門能力を持った外国人労働者として何度でも滞在期間を延長して無期限に日本にいられる。もし合格しなければ?無資格者として滞在期限が切れたら帰国しなければならない。
 4年間はじゅうぶんに長い期間だ。そのあいだに受け入れ先に不満があったり、より条件のよい職場があっても、離職や転職の自由はない。辞めたときが帰国のとき。ほとんどが20代から30代の若い女性だから、そのあいだには恋愛も妊娠も結婚もあるかもしれない。「日本の男性が好きになるかも・・・」とわたしが水を向けると、彼女は「国籍で男性を差別しませんから」と笑った。
 その期間、受け入れ施設は、離職の可能性のいちじるしく低い人材を相対的に低賃金で安定雇用することができる。「日本の病院で高い医療技術を学んで帰りたい」と意欲も高く、経験も知識も豊富そうなこの人々のプライドが傷つかないだろうか、と心配になる。
 4年後にはこのうち何パーセントが国家試験に合格していることだろう。もしそれが50%を切っているとしたら?外務省も厚労省も、外国人看護師を使い捨てした、と言われてもしかたがないだろう。
 国家試験の試験問題のすべてにルビを振るぐらいの配慮はできないだろうか?そのくらいの対応をしない限り、わたしは政府の姿勢を信用する気になれない。何より、失望して日本を去っていく外国人を大量に生み出すことで、EPA協定は、日本とアジアとの関係を改善するよりは悪化させる結果に終わることだろう。
信毎090319

カテゴリー:ちょっとしたニュース

タグ:上野千鶴子 / インドネシア

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