エッセイ

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【特集:衆院選⑥】選択狭める二大政党 連帯し始めた弱者    上野千鶴子

2009.08.21 Fri

 以下は、「団塊 選挙を撃つ」2回続きの(下)として「共同通信」が配信し、『岐阜新聞』(8/12)『山梨日日新聞』(8/13)等、地方紙各紙に掲載されたものです。許可を得て転載します。

 ―政権交代を問う総選挙といわれている。
 「二大政党制は小選挙区制の産物だが、ほかの政党が存在感を失い、国民の選択肢を狭める。二大政党による政権交代が定着するというのは、現状を抜本的に変更する意思が 双方にないという安心感から。鳩山由紀夫・民主党代表も元自民党で、元自民と現自民が戦っているだけ。民主はこのところ上げ潮とはいえ、自ら得点したのではなく、ほとんど敵失による。
 でも、政治をシニカルに語っても、自分の首を絞めるだけ。少なくとも、現在の与党が長きにわたって築いてきた政財官の癒着構造に、メスが入る。政治の透明度が高まるのは、結構なことだ。核密約文書の廃棄疑惑の真相など、ぜひ究明してもらいたい。」 ―争点をどう見るか。
 「与野党が国民生活の『安心・安全』を争点に掲げたのは画期的。これまでは右も左も『改革』を叫んできた。不況と格差でみんなが追い詰められている。市場、国家、家族の三つの失敗が重なり、リスクが高くなったためだ。
 グローバル化という大きな波に、どこの国民経済も抗しきれず、規制緩和と市場競争で対応したが、市場には限界がある。小泉純一郎政権以来の新自由主義は『格差オーライ』の ゴーサインを出し、自己決定・自己責任の原理を定着させた。そして、パラサイトシングル(親に寄生する単身者)や非正規労働者を支える最後のセーフティーネットだった家族が、高齢化や経済破綻(はたん)などで機能しなくなってきた。」

 ―危機的な状況では。
 「個人がバラバラになって、社会崩壊の危機が目前にある。しかし、危機はチャンスでもある。高齢者や非正規労働者をはじめとする弱者は、連帯の必要があるし、連帯できる。実際、(職と住居を失った派遣労働者らのための)『年越し派遣村』のように、当事者がつながる運動が出てきた。つながるのは楽しいことでもある。」

 ―間に合うか。
 「介護保険法が成立したのは1997年。ついこの間のことだ。法施行後に親が倒れてくれるのを感謝しなければならないくらい。一方、若いときに親を失い苦労した人たちにとっては、介護保険は不公平な制度だ。それでも、リスクとコストを分配する新たな社会保険に、国民的合意が形成された。社会連帯の基盤がまだある。今なら手遅れではない。意識調査でも、よりよい安心のためなら、より高負担でもかまわないという答えが、 多数派を占めている。
 市場が万能だと信じたところに、大きな間違いがある。それを補完する別な原理を、接ぎ木する必要がある。市場原理と社会連帯は水と油だが、うまくブレンドすれば、おいしいドレッシングになる。政策的な一貫性はなくてよい。欧州連合(EU)の社会民主主義路線はそうしたものだ。」

 ―最近は「そこそこ、ぼちぼち、ほどほど」がキーワードと考えているそうだが。
 「少子高齢化で人口減少社会に入ったことは覆せない。成長する大国という夢は捨てるほかない。歴史的に長いスパンで見れば、明治維新のころの日本の人口は約3千万人。1世紀で4倍の1億2千万人になったのが異常だった。半世紀後に7千万人になれば落ち着く。それを成熟社会という。どこかでギアチェンジしてシフトダウンしないと、下り坂をおりられない。」

 ―団塊の世代の多くが今年を最後に定年退職する。政治への影響は。
 「団塊の世代を『革命の世代』というのは間違い。学生時代に政治運動に参加しなかった人の方が多い。菅直人・民主党代表代行らを例外として、有力な政治家も出ていない。政治的求心力を持てなかったのが 実情だ。
 超高齢社会では、すべての人が必ず弱者になる。団塊は人口が多い。集団として弱者という自覚を持てば、変化の希望があるかもしれない。」

カテゴリー:ちょっとしたニュース

タグ:政治 / 上野千鶴子