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映画評:『エリザベス ゴールデン・エイジ』 上野千鶴子
2009.09.07 Mon
すべての“負け犬”さまに捧ぐ。
女王陛下の通り道にあった水たまりに、マントを投げかけて歴史上有名になった男、ウォルター・ローリー卿。エリザベスとウォルターのこの出会いからカプール監督は妄想をふくらませて、創作まじりの歴史劇をつくりだした。
ケイト・ブランシェットが、怜悧で高慢だが、ときに脆くくずおれて人間的な貌を見せる処女王を好演している。パゾリーニやビスコンティの御用達だった今は亡きイタリア女優、シルバーナ・マンガーノに似ていて、どきり。’98年に同じ監督で即位までのエリザベス1世を演じ、世界的に有名になった。新作は即位してからの続編。前作は見逃したが、この作品より9才若いブランシェットの姿を見てみたい。そのうち老残の女王も演じてくれるかしら。
ローリー卿を演じるのは野性味のあるクライヴ・オーウェン。ここは少女マンガよろしく、やっぱり投げるのは赤マントだろー、ブラピのような甘いマスクじゃなきゃー、と思うが、シナリオは『美女と野獣』の定番どおり、宮廷の掟破りの、野蛮だが忠誠心にあふれるヒーローとして描く。おとぎ話にしては、拷問や処刑のシーンは、中世的な残酷さがリアル。セットでなく、本物の古刹でロケをしたカメラアイも、俯瞰的で迫力がある。
ローリー卿は女王に取り入るために侍女のベスに近づき、女王もベスを分身として、ローリー卿との仮想恋愛をもくろむ。ヴァージン・クイーンはだれにも触れられてはならぬ聖なる身体の持ち主だからだ。仮想でなかったのは、ベスの妊娠という現実だ。男という生きものは、手に入る女を手に入れるものだ、という<真実>が苦い。
史劇に名を借りたソープ・オペラか、と思うと、後半、スペイン国王フェリペ2世とのあいだの、威信と信仰を賭けた海戦となる。敵艦に燃える船体を激突させる焼き討ち船という戦法を初めて知った。いやあ、自爆特攻っていうのは、こんなに昔からあるんですねえ。
海戦にからくも勝ったイギリスは、小国ながら独立を守る。最後のせりふがよい。「わたしには夫はいない」と訳された字幕の原語は、たしかにマスター(主人)だった。「わたしには主人はない、なぜなら、わたしはクイーンだから。」
すべての“負け犬”さまに捧げたい。
監督:シェカール・カプール
制作年:2007年
制作国:イギリス
出演:ケイト・ブランシェット、クライヴ・オーウェン、ジェフリー・ラッシュ、ジョルディ・モリャ、リス・エヴァンス
(クロワッサンPremium 2008年3月号 初出)
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