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映画評:『スラムドッグ・ミリオネア』 上野千鶴子
2009.09.21 Mon
マサラムービーの作法を逆手にとって、インドの現実をエンタメに昇華。
抜群におもしろい。これぞザ・映画。始まったら目が離せなくなった。手に汗握る気分。
インドは映画大国だ。先進諸国で映画が斜陽産業になっていったのと同じ時期に、成長産業として世界一の巨大なマーケットを生み出した。インド一の商業都市、ボンベイ(現在はムンバイ)の頭文字をとってボリウッド映画と呼ばれる映画は、歌と踊り(なにしろここぞというところで、突然、俳優が歌って踊り出すのがマサラムービーことインド映画のお作法だ)、ロマンスとハッピーエンドの通俗ものだと思っていたが……その認識を改めなければならないようだ。監督も脚本もイギリス人なのに、ボリウッドの伝統がてんこもりになっている。
宝くじとクイズ番組は、一攫千金を夢見る貧乏人の最後のロマン。二千万ルピー(約四千万円)を手にしそうになる18歳の若者が主人公。ムンバイのスラム街出身の教養のない孤児が、高学歴の回答者の誰もが達成できなかった全問正解に挑む。
息詰まるようなTVのクイズ番組のシーンと、ごまかしだと疑われて警察で取り調べを受けるシーン、そして正解に至る背景を回想する過去のエピソードが、緊密な構成のもとスピード感あふれる展開を見せる。若者が最後の回答に臨むまでの一日の間に、観客は、かれの子ども時代から今日までの18年間の過酷な生い立ちと、必死のサバイバルを知る。
主人公の7歳と13歳を、それぞれ二人の子役が演じている。スラム街の子どもたちを演じる子役が圧倒的だ。どんな逆境でもかれらは生命力と笑いに満ちている。スラム街の小路で子どもたちをとらえるハンディデジタルVTRの映像が躍動的。脚本も監督もカメラも、映画作法を知り抜いている。TV画面を映画に取りこみながら、映画ならではのおもしろさが全開だ。
エンタメをじゅうぶん意識しながら、映画はインドの暗黒も不条理も、これでもか、とあばく。だが、最後はハッピーエンドのラブストーリー(って言っちゃまずいか)。エンドロール前のダンスがと~ってもインド映画っぽくて大爆笑もの。このダンスシーン、見終わるまで席を立たないでほしい。これあってこそのカタルシス。現実にはありえないお話を、一瞬でも疑似体験させてくれる。映画ってこういうものじゃなかったっけ?これなら、くら~い顔をして映画館を出なくてすむ。
監督:ダニー・ボイル
制作年:2008年
制作国:イギリス
出演者:デヴ・パテル、マドゥール・ミタル、フレイダ・ピント、アニル・カプール、イルファン・カーン
配給:ギャガ・コミュニケーションズ
(クロワッサンPremium 2009年5月号 初出)