エッセイ

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09総選挙がおわって「選択議定書・個人通報制度導入に反対しているのは誰か」      谷口真由美

2009.09.22 Tue

 2009年9月17日未明に開催された新閣僚の記者会見において、千葉景子法務大臣から、女性差別撤廃条約をはじめとした人権諸条約の選択議定書(個人通報制度)の批准、人権救済機関の設置や、取調べの可視化について言及があった。

 既に、阿部浩己さんがこの視点論点で言及されているが(「この沈黙はなんなのか~閣僚就任会見・断想」)、国際人権条約について触れた千葉法務大臣のこの会見について、なぜ報道関係者は「沈黙」を決め込んでいるのか理解しがたい。 これは、民主党のマニフェストにも記載されていた事柄であり、千葉法務大臣は基本的にそれを述べただけである。にもかかわらず、報道関係者から千葉法務大臣に出た質問は、「死刑廃止議連に入っているかどうか」だけであった。ちなみに、死刑廃止条約といわれるものは自由権規約の第2選択議定書のことである。

 先日の阿部さんの視点論点記事への補足となるが、以下、日本が選択議定書・個人通報制度を取り入れることを嫌がってきた背景について簡単に述べ、また、どこが反対してきたのかを述べようと思う。

 各「人権条約」には、その実施について監視を行うために、各「人権条約委員会」が設けられている。例えば、女性差別撤廃条約には女性差別撤廃委員会、自由権規約には規約人権委員会、社会権規約には社会権規約委員会、人種差別撤廃条約には人種差別撤廃委員会というように、である。この各委員会が、「国家報告制度」、「個人通報制度」を通じて履行監視活動を行っている。またこれとは別に、「国家通報制度」というものもあるが、こちらは利用されたことがないので、ここでは割愛する。

 このうち「国家報告制度」は、数年に1度(例えば、人種差別撤廃条約は2年に1度、女性差別撤廃条約は4年に1度)、締約国政府が各人権条約委員会に報告を提出し、その審議に付されるというものである。この制度に関しては、日本政府は報告提出が遅れることはあるものの、全く報告しないということは現在のところない。

 個人通報制度とは、個人が各人権条約に違反する人権侵害を受けた場合に、国内での救済手続きを全て尽くした後(日本でいえば国内裁判が全て終わった後)に、各人権条約委員会に手紙(通報)を送り、直接その申立ができる手続のことである。これは、各人権条約の締約国において、適正にその条約が適用され、人権が具体的に保証されるためには、具体的事案そのものが各人権条約委員会で審査に付され吟味される必要があることから、認められた制度である。個人通報制度は、条約によってはその条約の中(人種差別撤廃条約や拷問禁止条約)に、また、別個に選択議定書の中(自由権規約や女性差別撤廃条約等)に書かれているものもある。

 この制度が「司法権の独立」を損なうおそれがある、というのが、政府の見解であった。1991年4月1日の衆議院予算委員会で、当時の佐藤恵国務大臣が、「我が国憲法の保障する司法権の独立を含め、司法制度との関連で問題が生じるおそれがある」と答弁した時から今日に至るまで、政府見解は変わらずにきた。各人権条約委員会が、日本からの国家報告の返答としての「勧告」の中に、「個人通報制度を受諾するように」と言及し続けてきたにも関わらず、である。例えば、2008年10月に自由権規約の第5回日本政府報告審査の際に、規約人権委員会から「個人通報制度は、国内裁判所が行った事実認定や証拠評価、国内法の解釈の再審査を原則として行うことではないことを日本政府も留意し、批准を決断すべきである」と勧告を受けている。

 しかし、国会(第87回国会、1979年)では自由権規約の批准の際に、衆参外務委員会でそれぞれが選択議定書の批准について、「積極的に検討すること」を内容とする付帯決議を採択している。これは個人通報制度を念頭に置いていると言ってよい。ちなみにこれまでに、自由権規約選択議定書に基づいてどれくらいの個人通報が規約人権委員会に提出されたかというと、制度開始の1977年から現在までに2000件は軽く超えているのである。

 それでは、他国で個人通報制度と司法権の独立を問題にした国があるのだろうか。私が知る限り、唯一このことについて検討したのはフィンランドだけであるが、それも司法権の独立を侵すことにはならない、というのがその結論であった(※)。個人通報制度が全く利用できない国は、世界でも珍しくなってきている。

 また、当の司法府である裁判所の見解はこうである。2002年10月3日の参議院決算委員会及び2003年4月1日の参議院法務委員会で、中山最高裁長官代理は、選択議定書を批准しない背景には最高裁の反対があると指摘された点につき、「最高裁としては冤罪(無実の罪をきせられている)である」旨を述べている。
 
 そうであるならば、これまで選択議定書・個人通報制度導入について、誰が・どこが反対してきたのか。司法府(裁判所)ではなく、立法府(国会)でもないことは、これまで述べたとおりである。どうやら、消極的な方法だが、明確に意思を示してこなかったのは、行政府(日本では内閣と行政機関)だけだったようである。今回、政権与党となった民主党のマニフェストには、選択議定書・個人通報制度導入が記載されている。千葉法務大臣は、導入を進めていく旨を会見で述べた。あとは行政機関だけ、なのかもしれない。

※日本弁護士連合会編著「国際人権規約と日本の司法・市民の権利―法廷に活かそう国際人権規約―」278頁、こうち書房、1997年。

【資料】冤罪というふうに言ってもよろしいかと思っております。 (9/27)
2002年10月3日の参議院決算委員会における最高裁事務総局総務局長答弁

【視点論点】「この沈黙はなんなのか縲怺t僚就任会見・断想」 阿部浩己 (9/19)

カテゴリー:ちょっとしたニュース

タグ:女性差別撤廃条約 / 人権