エッセイ

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げに不思議な姓ってもの    マダム・ルーズ

2009.10.16 Fri

 選択的夫婦別姓のことを考えると、どう考えていいのか複雑な気持がしてくるのです。
 使いたい苗字を使えればいいと思うのは確かなのだが、選択的夫婦別姓で議論されていることは、使いたい苗字と言っても、結婚した相手が生まれたときにつけられた苗字か、自分が生まれたときにつけられた苗字かの二者択一でしかない。 だけど、ある人が生まれたときにつけられた苗字は、父か母かのどちらかが生まれたときにつけられていた名字であって、つまりその人は父母のどちらかの苗字しか継いでいない。ついでに言えば、その父にしたって、母にしたって、あるいはその祖父にしたって、祖母にしたって、婚姻内で生まれていればその父と同じ苗字を受け継いでいるわけで、婚姻外で生まれていればその母の苗字を受け継いでいることもある。何が言いたいかといえば、現状では、苗字はひとつしか受け継げない、ということ。

 つまり、私はルーズの名前を受け継いでいるが、これは父の父の母の苗字であるわけで、しかも曾祖父の上の世代のときに、おそらくはつけることになった苗字にすぎない。わが父の家系は、江戸時代に苗字帯刀を許されていた家ではない・・・と思う。村全体が同じ苗字になったので、戸籍法ができたのちも、村では苗字ではなく屋号で呼び合っていたと聞いている。母方を考えれば、母の母は下級武士の家の出身であったから、その家には江戸時代にも苗字はあったかもしれないが、母の父は漁村出身なので、やはり戸籍法ができていく中で苗字を選択したのではなかろうか?

 と考えると、私の曾祖父母の世代を考えれば、8つの苗字があったわけで、それの1つだけを私は継いでいることになる。でも、考えれば、私の血肉になっているものは、単に父から受け継いでいるものだけではない。母から受け継いでいるものも多く、それを尊ぶ気持ちもある。それぞれの家の文化や習慣、先祖の逸話があって、それはそれぞれ興味深いし、取捨選択しながらも受け継いでいきたいことも多い。

 私の命は太古以来の命の連鎖の果てに存在しているのであって、それはその時々の人々が必死に生き延びてきた歴史の上にあるものであり、自分の命がここにあることには素直に感激もしているし、そういう意味では先祖に対しては感謝もしているのだ。だけれどそれは、ひとりルーズの苗字の文脈での先祖に対してのみ感謝をしているわけではない。

 それなのに、ルーズの名前をもって生まれてきたというそのことだけで、その苗字だけを後生大事にしていく選択をするのも、なんかなあ。違う気がする。

 結婚したら、苗字を増やしていけばいい、というアイディアに会うこともある。ルーズ・オットリみたいにしていくわけだ。それはいいアイディアだと思うけれど、それにしてもどこを起点にするべきなのか? 祖父母世代くらいからの名前をこの際全部合わせていくと、結婚した時点で8個の苗字がつながっていく事態となる。それもそれで結構面白いと思うのだが、学校なんかで名前を呼ぶのも大変だろうなあ。

 て考えると、私は結婚した場合は、お互いに名前を変えて、福沢さんと夏目さんが結婚したら夏沢さんとか、そういう新しい苗字にするというルールの方がいいんじゃないかな、と思う。いっそ、一字づつとるのもやめて、樋口さんになるというのもフェアかも。とも思っちゃうのでした。

カテゴリー:夫婦別姓