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映画評:『レンブラントの夜警』 上野千鶴子
2009.12.01 Tue
次作に期待をもたせる(?)ところが さすが鬼才・・・。
木村泰司という若手の美術史家の『名画の言い分』(集英社、2007年)という本が話題を呼んでいる。絵画は勝手にあなたに話しかけてはくれない。絵画も含めて、あらゆるテキストは、お約束の集合。そのコードを知らなければ、「暗号」も読み解けないってわけだ。『ダ・ヴィンチ・コード』のように、コードには、暗号っていう意味もあるの、知ってた? あの鬼才、ピーター・グリーナウェイが、もと美術学生だったこだわりをこめて、レンブラントについての蘊蓄を傾けてくれるんですって? そりゃ、見ないわけにいきません。
『コックと泥棒、その妻と愛人』『プロスペローの本』では、めくるめく倒錯と退廃と、凝りにこった映像の氾濫を見せてくれた監督だ。泥棒の夫の目を盗んで逢い引き中の恋人たちが、料理場の裏口から出て行く精肉業者のクルマのなかにすっぱだかでまぎれこむシーンなんて、エロくてグロくて、ほんとによかった。ルキノ・ビスコンティ亡きあと、こんな倒錯を絵にして見せてくれる監督は、彼をおいて他にいない。
予想にたがわず、レンブラントの絵から抜けだしたような人々が、画面の中を動き回る。ライティングと衣装はいかにもそれっぽい。オランダの市警団の名士たちのウラの実像がつぎつぎに暴かれる。たしかに名作といわれる
「夜警」は、よく見るとヘンな絵だ。合計51もの謎をめぐって、次々に謎が解きあかされる。権力争いからの殺人、同性愛の愛人がらみの陰謀、孤児院の院長の孤児たちを使っての強制売春、背いた少女に対する残酷なリンチ、金と欲望だけがめあての汚い「紳士」たち。
主演のイギリス人俳優、マーティン・フリーマンはちびででぶで短足の体躯の持ち主。それが金と欲と高慢さと小心さとにふりまわされて破滅していく大画家を演じてリアル。虐待に世をはかなんで自殺する少女に対して「いいひと」なのが、なんだか、かなおかしい。
それにしては、同じセットを何度も使い回すなど、安手の舞台劇風でお粗末。制作費が足りなかったのだろうか、とよけいな心配をしたくなる。絵画についての映画、というメタ映画をこれでもかという濃厚さで見せてもらえると思ったら、あてがはずれた。これでは映画は絵画に勝てない、となってしまうかも。
グリーナウェイさん、次作に期待しましょう、ということで……。
脚本・監督:ピーター・グリーナウェイ
制作年:2007年
制作国:カナダ・フランス・ドイツ・イギリス・ポーランド・オランダ合作
出演:マーティン・フリーマン、エミリー・ホームズ、ジョディ・メイ、エヴァ・バーシッスル
配給:東京テアトル、ムービーアイ
(クロワッサンPremium 2008年2月号 初出)