エッセイ

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みんなで性暴力禁止法をつくろう!  周藤由美子

2009.12.04 Fri

<機は熟した ~ネットワークの結成~>
 昨年5月に、東京の大妻女子大学市ヶ谷キャンパスで「性暴力禁止法をつくろう!ネットワーク」のオープニングパーティが開かれた。歌やパフォーマンスなど多彩なプログラムの中、最も印象に残ったのは実父からの性暴力被害から生き延びたサバイバーからのアピールだった。

 それから1年。2009年6月27日に同じく大妻女子大学で、精神科医の宮地尚子さんをゲストに招いて1周年イベントが開かれた。ネットワークは着実に賛同の輪を広げ、性暴力禁止法をつくろう!という声は確実に大きな流れとなってきている実感がある。 これまでDV法改正や改正均等法のセクハラ対策強化などで、被害当事者の声を法改正に反映させるという動きが作られてきていた。そして、2007年に千葉の幕張で行われたDV根絶国際フォーラムの分科会で、性暴力禁止法をつくろうという呼びかけが行われる。その分科会のパネリストが発起人となり、「性暴力禁止法をつくろう!ネットワーク」は立ち上げられたのだ。

 

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小林美佳さんが実名を出して自身の写真を表紙にした『性犯罪被害にあうということ』(朝日新聞出版)を出版したのが2008年4月だった。

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それに先立って、アメリカ在住の性暴力被害当事者の大藪順子さんが『STAND 立ち上がる選択』(フォレストブックス)を出版して、アメリカで撮影した性暴力被害者の写真展と講演を日本全国で行ったことと併せて考えると、それまで隠さないといけないと思われていた性暴力被害者の姿が、これまで関心のなかったような一般の人の目にも触れられるようになってきた。こうしたことも考えると、「性暴力禁止法をつくる」ための機が熟したのだと思える。

<現行の法制度の問題点 ~ジェンダーの視点の欠如~>
 ネットワークでは、この1年間を学習の1年と位置付け、法学者、弁護士、産婦人科の医師と助産師、犯罪被害者支援を専門とする研究者、被害当事者など多彩な講師を招いて、ほぼ1カ月に1回のペースで学習会を重ねた。それと並行して、法整備、予防教育、性暴力被害者のための支援センターづくり、企画・運営、広報など関心のあるテーマごとにワーキングチームに分かれた議論も進められている。

 さて、「性暴力禁止法」と聞けば、それはどんな法律なのか?と疑問に思われるだろう。ネットワークでも、実のところどんな法律をつくろうとしているのか、共通認識があるわけではない。まずは、現行の性暴力をめぐる法制度はどうなっているのかを知り、批判するところから始められたのだ。

 性暴力に関する法律といえば、何と言っても刑法・強姦罪を避けては通れない。しかし、この刑法が曲者なのだ。明治に作られた法体系をそのまま引きずっていて、強姦罪においても、家長の子孫を生むべき女性の貞操権を守るという価値観がいまだに残っているのではないかと指摘されている。

 そのため、強姦罪の被害者は女性に限定されるし、妊娠の可能性のある性器への挿入行為が他の加害行為よりも格段に重く扱われている。また、女性がその行為に同意していたかどうかではなく、どれだけ抵抗したかが問題とされる。

 最近では時代の変化に対応して、強姦罪の保護法益を性的自己決定権であるとする説が主流になっていると言われる。しかし、あからさまに抵抗したかどうかが問題にされることは少なくなったかもしれないが、その代わりに被害者の女性がいかにふしだらであったか、性的に無防備であったかなど、女性の人格攻撃をすることで強姦を無罪とする判決が増えてきているのだ。かえって問題が見えにくくなっているだけ深刻であるといえる。

 性暴力禁止法を考える際には、こうした古い価値観から脱却し、ポルノや売買春など一般的には性暴力と認められていない被害や、最近悪質さを増しているネット上の性犯罪、子どもや高齢者、男性、セクシュアルマイノリティに対する性暴力など、国籍・ジェンダーを問わずあらゆる性暴力を許さないという視点が必要なのである。

<裁判員制度とレイプシールド法>
 この5月に裁判員制度がスタートしたことに伴い、性犯罪事件は裁判員裁判の対象から外すような法改正を求める声が上がった。裁判員裁判の対象になるのは強姦致傷や強制わいせつ致傷など、重罪の場合に限定されているとはいえ、100人にも及ぶ裁判員候補に被害者の氏名など個人情報が明らかにされ、しかも候補の場合は守秘義務は課されていないことが、制度が始まる直前にわかったのだ。

 それでなくても被害を誰にも知られたくないと考える被害者が多い中、不特定多数の人々に自分が被害にあったことを知られてしまうのではないかという不安があれば、警察に被害を訴えることを躊躇してしまう被害者が今以上に増えてしまうのではないかと考えられた。ネットワークでは6月4日に国会で意見交換会を開いて、性犯罪を対象にした裁判員裁判に関する要望をまとめて訴えた。その場で最高裁は、候補者に被害者の情報を開示する前に被害者に候補者名簿を見せて関係者を除くことができるように、全国の地裁に通達すると回答したのである。

 裁判員制度は裁判に市民感覚を取り入れることが狙いと言われている。しかし性犯罪については、市民に広く開く前に、被害者の安全を守る体制をきちんと整える必要があるのではないか。アメリカの場合はレイプシールド法により被害者の過去の性的な体験を証拠として扱うことはできないが、日本では当たり前のようにプライバシーを暴かれ、被害者の方がまるで犯罪者のように社会的な制裁を加えられてしまうのが現実なのだ。性暴力禁止法を考える上では、何よりも被害者が安心して訴えることができるレイプシールド法のような法制度を導入することが必須と言えるだろう。

<性暴力被害者支援に公的なサポートを>
 アメリカの映画やドラマを見たり、小説などを読んでいると、登場人物がレイプ被害にあうと、夜中でも病院などにレイプクライシスセンターのスタッフがかけつけ、「大丈夫?力になれることがあったら言ってね」などと声をかけられる場面に出会う。昨年、訪問した韓国では、全国で24時間のホットラインを行っているところがいくつもあると聞いた。

 それでは日本の現状はと言えば、性暴力を専門にしたホットラインは数は限られていて、開設時間も非常に短い。女性センターなどで対応できるスタッフも増えてきているとは思うが、性暴力被害者のための民間の電話相談を行っていると、公的な機関から紹介されたと言って電話がかかってくることも少なくない。つまり圧倒的にアクセスする先が少ないのだ。

 小林美佳さんは、ネットワークの講演会で「自分が被害にあったときに、自分に何が起こったのかわからなかった。それはずっとそのままだった」と話された。被害にあってすぐに、「あなたが受けたのは性暴力で、あなたが悪いのではないですよ。被害の後にはこういう状態になることがありますが、それは当然の反応で、あなたがおかしくなったわけではないです」という情報提供や心理教育があれば、ずいぶんその後の心理的な回復も違うのではないかと思う。

 性暴力禁止法の中に、性暴力被害者のための支援センターの設置や運営を公的に保障するようなことを盛り込んでいく必要があると思う。ワーキングチームでも、この1年間でセンターの具体的なイメージをまとめていく予定だ。

 それと必ずしも連動しているわけでもないのに、被害者がそこに行けば必要な医療面、法的、心理的など、様々な必要なサポートが受けられるワンストップセンターをつくろうという動きが、全国各地で生まれ始めている。

 また、中期・長期的な対応として、裁判支援や心身の後遺症、特に重篤なPTSD症状への専門的な治療、生活支援や経済的な補償など、被害者が必要としている支援を提供するという方向性も考えられる。

 どういった人を対象に、どういう機能をもったセンターで、どういったスタッフを置くのかなど、センターのイメージ作りの議論に現場から多くの知恵を出し合っていきたい。

<性暴力を許さない社会をつくろう>
 「性暴力禁止法をつくる」ということについては、「性暴力禁止法」自体どんな法律なのかも明確なものがあるわけではなく、刑法を始めとした現行の性犯罪に関する法律を改正していくのか、性暴力禁止のための基本法のようなものを作るのか、また、支援センターに関しても病院や警察を中心とした初期対応を基本にしたワンストップセンターをイメージするのか、予防や社会啓発なども含んで中・長期的な対応を主に考える民間の情報・相談センターのようなものをイメージするのか、まだまだ議論していかなければならないことはたくさん残されている。

 しかし、一つはっきりしているのは、性暴力禁止法をつくるためには、性暴力を許さず被害者を守ろうというように、社会の意識を変えていく必要があるということだ。それはまた、性暴力禁止法を単に作っただけでは意味がなく、同時に性暴力のない社会にしていくことが目指される必要がある。そういう意味でネットワークは学習や議論だけでなく、裁判員制度について要望運動を行うなど、社会に働きかけていく活動も担おうとしている。韓国の性暴力相談所では、性犯罪に関して問題と考えられる判決が出されると、全国の裁判所に抗議の手紙を送ったり、画期的な判例については評価して共有するような運動を展開していると聞いた。そういった活動が日本でも求められている。

 最近でも、最高裁が、防衛大の教授が痴漢として告発された裁判で、異例の事実認定をして無罪判決を出した。しかも、その根拠が「被害者がなぜすぐ声を上げなかったのか」「いったんその車両から降りたのに、また加害者の近くに戻ってきている(ものすごい混雑で人の波に押されてそうなってしまっただけなのだが)」などが、被害者の行動として信用できないとされたのだ。しかし、おかしいとされた行動は、満員電車で痴漢にあった被害者の行動としてはごく当然で妥当なものだったと言えないだろうか。こんな裁判所の認識が許されてしまっては、私たちの社会は女性が安心して電車に乗れない社会になってしまう。こういった不当判決に対して、被害の実態をきちんと反映させていく働きかけが必要ではないかと思う。
 
<私たちにできること>
 性暴力禁止法をつくろうネットワークは2年目を迎え、いよいよ具体的なイメージづくりに取り組んでいる。私たちフェミニストカウンセリングに関わる者としてできることはたくさんあるだろう。これまで被害者支援に携わってきた者として性暴力禁止法をつくるためのアイディアを出していけるだろうし、実際に被害者支援の活動を担ったり、支援者の養成にも力を発揮できるのではないか。日本フェミニストカウンセリング学会では、性暴力をテーマにしたホットラインを開設する予定でもある。WCKでも積極的に取り組んでいきたいので、皆さんも是非一緒にネットワークに加わってください。

(すとうゆみこ ウィメンズカウンセリング京都)
 http://www.w-c-k.org/

初出 2009年7月発行、WCKニュース第13巻第51号(よみもの編集局にて時制について編集)








カテゴリー:ちょっとしたニュース

タグ:DV・性暴力・ハラスメント

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