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女と男〈イラクとチェチェン―駐屯地の内側から〉『チェンチェンへ~アレクサンドラの旅』 松本侑壬子
2009.12.26 Sat
現在進行中の世界の焦点イラクとチェチェンでの戦争に対して、当事国アメリカとロシアの監督が、真正面から果敢に問いかける、反戦映画2本です。
イラクのアメリカ、チェチェンのロシア、それぞれの駐屯基地内の兵士に密着、ドキュメンタリー以上のドキュメンタリーともいうべき迫力の劇映画である。極限状態の続く駐屯地の若い兵士らの鬱積するいら立ち、次第に失われてゆく人間性。まるでそのはけ口のように殺戮の対象となる占領地区の住民らの恐怖感がリアルに迫る。戦争の罪禍をえぐり出す映画手法としても、鋭く斬新である。
米映画「リダクテッド~真実の価値」(ブライアン・デ・パルマ監督)は、2007年ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞作品。映画の冒頭に「この映画は、フィクションだが、すべて真実に基づいている」という字幕が現れる。“リダクテッド”とは、メディア用語で「編集済み」の意。個人的なあるいは告訴につながる可能性のある情報が削除、末梢された文書やイメージのことである。パルマ監督は、リダクトされた映像を装いながら、現実の戦争の実態に迫ろうとしたのである。
2006年にイラクで実際に起こった米兵による14歳の少女のレイプおよびその一家皆殺し事件が題材である。なぜ兵士らはそんな異常な行動に走ったのか? 犯行に至るまでの一部始終をあたかも現場のドキュメンタリー映画のごとくに忠実に再現、直視した映像は、パルマ監督が事件に関するあらゆるデジタル・メディアからの情報をもとに作成した。映画の柱となるのは1人の兵士のビデオ日記。それに、アラブ系やヨーロッパのTVニュースや報道番組、従軍記者の取材映像記録、武装派集団によるネット映像、You Tube,兵士の家族のチャット、軍の監視カメラ映像など、まさに情報化時代ならではの交錯する視点と媒体により描き出される戦場の現実である。
2006年4月、イラク・サマワの米軍駐留地。灼熱と砂嵐の中を、自爆テロや狙撃を警戒しながら、55㌔の装備の重さと緊張と退屈に耐えて立ち続ける検問所の兵士たち。検問所を通って通学するイラク人姉妹の姉娘を毎回念入りに身体検査する者もいる。ある夜、酔った勢いで、「大量破壊兵器」捜索の名目で武装兵士が娘の家に押し入って…。目を覆うばかりの惨劇は、米国人パルマ監督の「ベトナム戦争の教訓を無視した」祖国に向ける怒りと悲しみの問いかけである。
ロシア映画「チェチェンヘ~アレクサンドラの旅」(アレクサンドル・ソクーロフ監督)は、チェチェンのロシア軍駐屯地にいる将校の元へ祖母が訪ねて来る話である。祖母アレクサンドラ役のガリーナ・ビシネフスカヤ(世界的ソプラノ歌手であり、亡きチェリスト、ロストロポービッチ夫人)が素晴らしい。貨物列車に揺られ、軍隊のトラックによじ登ってはるばる愛する孫デニスの任地までやって来た80歳(撮影当時)の堂々たるおばあちゃん。数日間の滞在だったが、軍隊というものをテントの内側からつくづくと観察し、初めて知ることの多い旅だった。女性のいない男ばかりの世界には、殺風景で温もりや安らぎもなく、味気ない毎日。まだ幼さの残る兵士らも、押し黙り感情を隠している。常に死と隣り合わせの毎日は、厳しい規律と緊張で気の休まるときがない。![]()
やっと会えた愛しい孫デニスだが、ゆっくり語り合う間もなく忙しなく出撃して行く。将校として小隊を率いるその任務はといえば、銃で人を撃つことなのだと思い知らされて、衝撃を受けるアレクサンドラ。戦争は大切な孫をもそんな人間に変えてしまうのか、と。
ある日、基地の外の町に出かけたアレクサンドラは、市場でチェチェンの女性たちと仲良くなる。アレクサンドラがロシア軍の関係者と知ってもこだわりなく親切にしてもくれた。帰り道を基地まで送ってくれたチェチェンの青年の「(ロシアは)もう僕らを解放してほしい」との言葉に深く頷くアレクサンドラだった。
別れの朝、「誰かと暮らしたい。寂しい」と初めて涙を見せる祖母を抱きしめるデニス。その胸にすがり「若い男の人って、いい匂いね」とほほ笑むアレクサンドラ。駅には、何と!チェチェンの女性たちが見送りに来ていた。「きっと、私のところにも遊びに来てね」「ええ、行くわよ」と交わす女同士の会話には、女性に託すソクーロフ監督の、祈りにも似た願いが込められている。![]()
映画「チェンチェンへ アレクサンドラの旅」 (C)Proline-film (C)Mikhai Lemkin
(「婦人之友」2008年11月号“CINEMA 女と男”より転載)
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