2010.01.07 Thu
2009年12月現在、われわれ『少女』文化研究会は、雑誌「『少女』文化の友」第4号を編集中である。前号で「『女の子』向けアニメ」を特集したところ、女児をターゲットにしたアニメには、変身モノが妙に多かった。その謎を少しでも探ろうという趣旨で、今号は「変身」をテーマに特集を組んでいる。
変身にはどんな魅力があるのか? 実際に自分たちが変身してみて考えよう! というわけで、着ぐるみをレンタルして「着ぐるみゼミ」を敢行したり、ゴスロリで全身コーディネートして散策したりと、なかなかアクティブな企画になった。その一環で、宝塚大劇場内のスタジオで変身写真撮影も行ったのだが、そこで今でも心に残っている光景がある。 それは、50代はじめぐらいとおぼしき女性が、オスカルの衣装をまとって颯爽とスタジオ内を横切って行った姿だ。スタジオでは、宝塚の舞台衣装を着て撮影ができるのだが、オプションで宝塚風のメイクも施してもらえる。私たちがメイクばっちりの驚異的な変身を体験しているときに(詳細は雑誌で!)、私たちよりも先に衣装だけを着たその女性が撮影に入った。彼女はオスカルの衣装をまとってはいるものの、オプションの化粧はしておらず、髪型はオスカル風のカツラ。普通はちぐはぐに見えるのかもしれないが、私の目にはその意気揚々とした姿がとても輝いて見えた。変身に臨んで、彼女はとても誇り高い佇まいだったのだ。
もちろん、オスカルの服を着ていたので心もオスカルになりきっていて、それで颯爽としていたのかもしれないが、それだけではなく、変身それ自体が彼女に高揚感と喜びをもたらしていたのではないかと、私は感じている。なぜならば、私自身が、アントワネットになりきった気分とは別の、装いによる高揚感を味わったからである。きっと、このフォトスタジオで変身したほとんどの方が、この彼女のような足取りで撮影に臨んだことだろう。そこに、同じ喜びを共有したものとしての連帯もひそかに感じた。
ところで、オスカルもアントワネットも、池田理代子のマンガでは美貌の持ち主。宝塚歌劇団の皆さんもお美しい方々ばかりである。そのような美しいものに自らを擬するなど、本当は醜い私はなんておこがましく、身の程知らずなんだろうか――そんな自己懲罰的な考えも、ふとよぎる。「女」として生きていくならば、さまざまな抑圧に直面するわけだが、「美しくあれ」という要求もなかなか辛く苦しく、私たちを締め上げていることは言うまでもない。
「女」に期待された外見の美を馬鹿正直に内面化して、競争に駆り立てられていくことは、確かに愚かしく思える。他方で、美しい容貌への憧れは、規範というよりはどこか自己目的化していて計り知れず、いくばくかのお金を出しさえすれば自分をいつもより「可愛く」見せてくれるグッズが、驚くほど世にあふれているのも事実だ。この美と醜の狭間で私たちは身をよじったり伸ばしたりしているのだ。
自分自身の見た目に絶対の自信を持っている「女」は、そう多くはない。当たり前のことだが、ほとんどの人間は人並みであるし、その上、謙虚さが美徳とされれば、たとえ素晴らしい美人であっても「奥ゆかしく」その美貌を否定する回路を育てていくだろう。自分の姿かたちを認めて楽しむこと。のびのびと装ったり装わなかったりできること。それがなかなかできない息苦しい文化状況がある。そんな中、変身には実際の美醜を吹き飛ばし、一足飛びに「美的なるもの」や「崇高なるもの」、はたまた「愛くるしいもの」に同一化できててしまう魅力があった。
アニメの変身でも、平凡でちょっとドジな女の子が、変身でキラキラ輝くヒロインになる姿が描かれる。日常と違う装いは「女の子」をエンパワメントしてくれるのだろう。ただし、その変身が一義的で固定的なものであれば、あっという間に「女の子」はジェンダーの檻に追いやられてしまう。日常と変わらぬ抑圧に沿った変身は、ちっとも魅力的ではない。
他人の目から見てどう評価されるか、内面化した価値に照らしてどう自己判断するか。社会と自己の境界線を劇的に際立たせてくれる変身を通じて、考えるべきことはまだまだありそうに思う。
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