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映画評:『カティンの森』 上野千鶴子
2010.01.09 Sat
これはドラマなのか?巨匠が掘り起こす、『歴史の真実』。
名作『灰とダイアモンド』の監督、アンジェイ・ワイダ83才。これが最後の作品になるかもしれない畢生の作だ。見逃すわけにはいかない。
ポーランドは受難の国だ。ドイツとソ連というはた迷惑な隣人にはさまれたばっかりに、その両方から蹂躙される運命に翻弄された。1939年ドイツとソ連は独ソ不可侵条約を結んでポーランドを分割する。’41年ナチは条約を破ってソ連に侵攻、ポーランドはドイツ占領下に。その後ソ連はまきかえし、ドイツは敗退。押したり引いたりのたびに、ポーランド人は占領者に忠誠の踏み絵をふまされた。 今から70年前、1939年に起きたできごとに物語はいくども回帰する。この年、ソ連軍捕虜となった一万五千人のポーランド将校が虐殺された。そのなかにワイダの父がいた。戦後その死を信ぜず帰還を待ちつづけた「家族の物語」が「民族の物語」とない交ぜになる。
『カティンの森』は虐殺が発覚した地のひとつ。ドイツとソ連は互いの残虐さの証拠として「カティン」を利用する。皮肉なのはヒトラーのドイツもスターリンのソ連も、どちらも同じことをやりかねないこと。どちらが加害者かは歴史の偶然に過ぎないように思える。
誰もが事実を知っているのに、占領者の犯罪は隠蔽されなければならなかった。その後も冷戦下では「壁」が壊れるまで、いや「壁」が壊れてもなお、この「真実」はポーランドの人々に禁じられていた。ソ連が犯行を認めたのは ’90年のことだ。
ワイダはこの作品を劇映画としてつくった。だからフィクションだし、ドラマのはずだ。監督は自分が体験したこともない捕虜の生活を映し出す。そして、とうとう・・・虐殺現場を映像で再現する。
グラウンドゼロ。そこですべての時間が止まる。告発さえことばにならないほどの深い沈黙へと、死者もろとも観客はつきおとされる。
気になるのは、ポーランド人以外の登場人物には、ただひとりの例外を除いて、名前も人格も与えられていないこと。この映画のあて先は誰だろうか。「過ちは二度とおかしませぬから」と主語をなくしたヒロシマの受難のように加害者の責任は拡散するのだろうか、それともポーランドのナショナリズムをかきたてる結果になるのだろうか。
それともかれの意図は、映画というツールを使って、世界中をこの民族の受難の「証人」に仕立て上げようというのだろうか?「歴史の真実」の墓堀人として。・・・ワイダ、おそるべし。
監督:アンジェイ・ワイダ
出演:マヤ・オスタシェフスカ、アルトゥル・ジミイェフスキ、ヴィクトリ ャ・ゴンシェフスカ、マヤ・コモロフスカ
配給:アルバトロス・フィルム
(クロワッサンPremium 2010年1月号 初出)
<よみもの編集局情報>
「カティンの森」は、2010年1月9日より
京都シネマ
シネ・ルーブル大阪
シネ・ルーブル神戸
シネ・ルーブル博多駅で上映予定です。
「カティンの森事件」については、WANブックストアで書籍も扱っています。
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