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映画評『隠された日記』  上野千鶴子

2010.10.28 Thu

男にはわからない、正統派「女性映画」のほろ苦さ。

自由を求めたフランスの女3代の物語。40代のキャリアウーマンの孫娘、60代の職業婦人の母、生きていれば90代になるはずの失踪したままの祖母。60年前、小さい娘と息子を残して家を出て行った祖母を、おとなになった母は許せない。母親に捨てられたトラウマから、自分の娘の愛し方を知らず、家を出て外国に住んでいる娘にも、捨てられたと感じている。

仕事はできるが母娘関係がぎくしゃくしているまん中の母を、あのカトリーヌ・ドヌーヴが演じている。首から上のブロンドと美貌は変わらないのに、椅子からはみでそうな中年体型をさらしてがんばっている姿は、見たいような見たくないような。回想のなかの若い祖母を演じるマリ=ジョゼ・クローズがトクをしている。孫娘を演じるマリナ・ハンズは、すっぴんメイクでちょっとくたびれた負け犬おひとりさまを好演。美人のはずなのにこうなると女優が美貌かどうかなんてどうでもよくなる。

ある日カナダにいる孫娘が親のもとへ帰ってくる。休暇だというが、彼女は人生の転機にある。自由な関係にあったアーティストの男友達とのセックスから、はずみで妊娠してしまったからだ。自由を束縛する結婚と出産は、彼女の選択肢にない。結婚に踏み切ることが正解だとも思えない。「あなたの子よ」と結婚を迫ることが解決にならない迷いは、とっても今風だ。

結婚、出産、家庭はいつの時代も女の自由と自立を縛る。祖母の時代には、女が自由を求めることは文字どおり、命を賭した選択だった。そのことが孫娘が偶然見つけた祖母の隠された日記からわかる。祖母に捨てられたと思いこんだ母は歯を食いしばって「よい子」になり、医師として自立する。孫娘は自由を求めてカナダに移住し、不安定な暮らしを続けながら帰ってこない。

自由と家庭は女にとっていつもあれかこれかの二者択一なのか…という問いに対する3世代三者三様の答えを見ていると、3世代で時代が変わったなあという感慨とフランスも日本と同じだなあという感慨を、共に覚える。

監督も女性、主演の3人も演技派女優が競演する正統派の「女性映画」。この苦さは男にはわかるまい。出てくる男は祖父も父も男友達も「いい人」に描かれている。男がいい人だからと言って女の迷いや苦しみがなくなるわけではないという教訓も。もうあんたなんてあてにしないで、あたしはあたしの人生を切りひらいていくしかないんだから、と覚悟を決めるつもりのアラフォーおひとりさまにおすすめ。

(クロワッサンPremium 2010年11月号初出)

『隠された日記』URL

http://www.alcine-terran.com/diary/

カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:映画 / 上野千鶴子

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