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”思い出の一本” 映画評 『オール・アバウト・マイ・マザー』  シリア

2010.11.16 Tue

強い女の生きざまに見入る

オンナは強い。

この映画を見て、真っ先に思ったこと。オンナは強い。

シングルマザーのマヌエラは、交通事故でひとり息子のエステバンを亡くす。それも彼の誕生日に。

何日もの間、哀しみに暮れ彼女は決断する。

エステバンの父親を探しに行く、と。

最愛の人間を失った状態で、重大な決断をする。これは、女性にしかできないことではないだろうか。

恋愛だってそうである。一般的には、男性と言うものは昔の恋人のことを引きずるのだ。引きずりまくって友人にドン引きされるなんてそう珍しい話ではない。

夫と別れて18年、親一人、子一人で仲むつまじく暮らしてきたその片割れを失うことの悲痛。私は結婚の経験もなければ子どももいないので、マヌエラの痛みは想像を絶するに違いない。その状態で、「いわくつき」のエステバンの父を探しに行く、それも一人で。彼女が一人でバルセロナに向かうシーンはオンナの強さを実感させられる。

同監督の映画、「ボルベール」では、「男性」は自然な形で排除されていった。この「オール・アバウト・マイ・マザー」に関すれば、男は「性」の象徴としてしか存在していない。性転換手術を受けた男性(=女性)が何人か登場するが、シリコンで胸を作ってもペニスを切除することはない。女性でありながら男性なのだ。男性はあくまで性の象徴として、しかし、彼らも半分は女性であるからにして、まったく排除されることもない。

エステバンの父親、ロラも、同じくして男性器を持った女性である。マヌエラと結婚して、胸を作り、売女同様の生活をする。そして、ロラを探しにバルセロナに戻ったマヌエラと出会った尼僧シスター・ロサをも妊娠させる。そのシスター・ロサもロラから感染したエイズにより、出産してすぐ亡くなってしまう。マヌエラはシスター・ロサとの約束を守るために、生まれたばかりの赤ん坊の面倒を見る。息子を亡くした哀しみを、完全に克服したというわけではないだろうが、彼女は自分の人生を取り戻す。

「オール・アバウト・マイ・マザー」というタイトルではあるものの、母親、そして父親のことを心から知りたかったエステバンは、物語の最初に死んでしまう。タイトルは息子視線であるのに、物語は「マザー」の視点で語られる。エステバンが一生知ることのなかったマヌエラの人生をすべて知ることができるのは、登場人物の誰でもなく、私達観客なのだ。つらい痛みを抱えたとき、ぜひマヌエラと、強い女たちの人生に見入ってほしい。

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シリア/ベルギー・ブリュッセル生まれ、千葉県育ち。日英のハーフ。国際的な環境に生まれたのだから、国際的に活躍しなければ、という若き日の思い  込みで早稲田大学国際教養学部に入学。多数の国際人に会ったが違和感をぬぐいきれず、退学。編集プロダクションで実用書の編集、携帯サイトのコンテンツ 制作等を経てOLに。Twitterでぼそぼそつぶやきながらそこそこ自由にやっている毎日。 Twitter @Les_Niniches









カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:非婚・結婚・離婚 / セクシュアリティ / 母性 / シリア / スペイン映画