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映画評『闇の列車、光の旅』 上野千鶴子

2010.11.23 Tue

メキシコからの決死の脱出。アメリカの若き監督の才能がまぶしい。

いつかこんな映画ができると思っていた。中南米からアメリカへ越境する不法移民の旅。列車で、トラックで、歩いて。国境沿いの河を泳いで渡るのでウェットバック(濡れた背中)と呼ばれる人々。目的地まで到達するのは半数といわれる過酷な旅だ。

90年代からアメリカ国内のヒスパニック(スペイン語を母国語とする人々)人口は増え続け、ついに黒人人口を追い抜いた。その大半は不法移民だ。ブッシュがいくら国境警備を強化しても、あの広大な国境線をすべて防ぎきれるわけがない。

あるとき、トラックに閉じこめられたまま不法移民が窒息死する事件が起きた。77年生まれの監督キャリー・ジョージ・フクナガがこの事件をもとに撮った短編が、本作のもとになった。

希望の見えない社会の底辺で、若者はあてにならない期待を胸に外へ出ていくか、それとも鬱屈をさらに弱者にぶつける無法者になるほか選択肢がない。この映画のなかでは、ホンジュラスから長い越境の旅に出た少女、サイラと、ギャングの青年カスペルが出会う。ギャングたちは不法移民の旅さえ襲って金品を強奪するならずものだ。サイラを強姦しようとしたギャングの首領を殺してしまったカスペルの逃避行が始まる。

カスペルの弟分、わずか12歳のスマイリーは、組織の掟(おきて)で血の報復を迫られる。貧困と結びついた闇の組織の描き方もリアルだ。

亜熱帯の苛烈な陽光のもとで、絶望的な旅がつづく。ふたりを演じる若い俳優の思い詰めたような表情がくっきり脳裏に刻まれる。救いもない。だが、圧倒的なリアリティにうちのめされる。それ以上に、この33歳の若い監督の才能に圧倒される。新人を発掘することで知られている2009年のサンダンス映画祭では、監督賞と撮影監督賞を受賞した。

原題の『シン・ノンブレ』は「無名の人々」を意味する。事故で死んでも、殺したり殺されたりしても、それでも続くこの旅のなかには、無数のサイラやカスペルがいることだろう。原題のほうがよいと思うが、邦題の「闇の列車」に加えて「光の旅」を付けた配給会社の意図は、よけいだが、わからなくもない。そうでもしないとやりきれないからだ。「約束の地」アメリカで彼らを待っているのは、けっして希望のある暮らしではない。フクナガ監督はアメリカに着いたサイラの後日談を映画にして見せてくれるだろうか。できたら見てみたい。アメリカをまるまる裏側から描いた映画、それが現代アメリカの若い才能によって生み出さたことが救いだ。

(クロワッサンPremium 2010年8月号初出)

『闇の列車、光の旅』URL

http://www.yami-hikari.com/

カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:映画 / 上野千鶴子

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