2010.12.30 Thu
現在韓国で放映中のドラマ「シークレット・ガーデン」。日本でも多くの人を魅了したドラマ「ファン・ジニ」で主演をつとめたハ・ジウォン(1978~)と、「私の名前はキム・サムスン」で人気俳優としての確固たる地位を築いたヒョンビン(1982~)によるラブ・ストーリーです。
本作は、あるきっかけで二人の精神が入れ替わってしまうというファンタジー要素や、ヒョンビン演じる、強引で高慢な百貨店社長キム・ジュウォンが意外にも(?)一途な愛を貫こうとする姿や、アクション俳優を目指すキル・ライムをたくましくしなやかに演じるハ・ジウォンの魅力とが相まって、30%近くの視聴率を獲得しています。
ですが、先週末(25日)に放映された第13回の内容が、一部で問題になりました。それは、他の男性が好きだと言って立ち去ろうとするライムにジュウォンが無理矢理キスするシーンと、ひょんなきっかけで宿舎に二人きりで泊まることになり、ライムの抵抗も空しくジュウォンが彼女の部屋に侵入、ベッドでライムを抱きすくめ、力づくで添い寝するというシーンでした。様々な方法で抵抗し、放すよう懇願するライムに、ジュウォンは「ぶつぶつ言うなら、襲うぞ」とつぶやき、さらにきつく抱き締め・・・結局はロマンチックな背景音楽とともにライムは大人しくなり、眠りに落ちるという展開でしたが、これに対し、「性暴力を助長する」「デートDVではないか」という声があがったのです(*1)。
ドラマでは二人のモノローグが時折挟まれるため、ライムがジュウォンに強く惹かれていることや、ジュウォンがライムをとても大切に思っていることが分かり、観る側は安心して、金持ちでかっこ良くて自信に溢れた男が一人の女を真摯に一途に、そして時に強引に追いかけるさまを楽しむことができ、ときめきを覚える人も多いことでしょう。ですが、愛があれば許されるのか?という疑問も生まれ、ライムを軽々とねじ伏せてしまう彼の「男らしさ」が、魅力と暴力のあいだを危うく行き来していると見ることもできます。「シークレット・ガーデン」のHPはこちら。
現代韓国における男性としての魅力、または「男らしさ」がどのようなものとされているかと考えた時、そこには紛れもなく兵役の存在があります。
徴兵制があり、憲法で国防の義務が定められている韓国では、国内在住の韓国籍の男性は全て徴兵検査を受け、定められた等級に従って、大部分の男性が平均2年ほど兵役につきます。そして、陸海空軍への入隊や公益勤務要員(市役所や区役所の補助業務などを担当)として配属される前に、該当者は全て数週間の基礎軍事訓練を受けますが、その数週間の訓練期間を含め、国家により管理された生活を通じて、男性の体格は画一化していくと言います。太っていた人は痩せ、痩せていた人は太るというように・・・。
もちろん様々な理由で兵役に行けない/行かない人もいるため、一概に言うべきではありませんが、軍隊式の体格づくりや身体作法が土台にあり、またそれが理想とされるため、男性の体つきのベースや身のこなし(歩き方も含め)が、日本で私が見てきた男性たちとは確かに異なります。それどころか、道行く男性を見ても、兵役を終えた人かそうでないかがだいたい区別できるほどです。
背が高く、肩・胸・腕・脚の筋肉がしっかりとしていて揺るぎなく(と言っても格闘家のようにムキムキというわけではなく)、姿勢良く堂々と歩く――韓国において女性にもてるのは、恐らくこういう男性です。顔だちが整っている男性や、髪を立てたりいじったり、つま先が尖った靴を履くような「おしゃれ」な男性はテレビの中だけで十分!と、私の韓国人の女友達はほとんどがそう言います。
そしてまた、とくに20~30代の韓国男性によく見られる、女性に対する「優しさ」もまた、「男らしさ」とともにあるものであり、それは「女らしさ」を規定していくものでもあります。つまり、後ろに女性がいれば扉を押さえて待つことや、女性の荷物を持ってあげることはもちろん、どこかに座ろうとすると、相手が恋人でなくとも、座る場所に気を使う(ベンチであれば、ほこりなどを払ってあげた後で、女性に座るよう促す。またそうでなければ、自分の持っている紙や雑誌などを置いてセッティングした後で、座るよう促す)などなど・・・。
それは、男性にとってはただの「習慣」であり、女性はそうされて「当り前」として従うべきであるという感覚であるようで、私が荷物を持ってもらうことを拒んだ時には軽く苛立たれたこともあり、また持ってもらった時に礼を言って、驚かれたこともありました。
女性を軽くねじ伏せることのできる体格を持ちながら、一方では、女性に「親切」に、大切にしようとするというあり方は、少なくとも現在の韓国において理想とされるあり方だと思います。
そして、それと比例するように、女性は守られるものとして美しく、か弱くあるべきだという視線に常にさらされていると言えます。私自身が痩せ型とは程遠い体型のため尚更そう思うのかもしれませんが、「美しく痩せていなければならない」という規範は、日本のそれよりも強く感じます。最近は日本のファッションの影響もあるのか、わりとルーズな(体の線があまり出ない)服装をする人もちらほらいますが、バスト・ウエスト・ヒップのメリハリ、そして細く美しい脚線美を主張できるスタイルが王道であることは変わりがなさそうです。よって、女性の場合も、極端に言えば、顔が整っていれば良いにこしたことはないけれど(美容整形も流行しており、男性よりは顔の美しさも必要とされているはず)、それ以上に体つきが重視されるようで、ファッション・ビルなどに行けば、服装でいかに「女性らしさ」を魅力的に強調するかに工夫をこらしている様が見てとれます。
もちろん体つきには個人差があるので、皆が皆、「メリハリボディ&細い脚」であるはずがないのですが、「そうでなければ」という感覚は、意識するしないを問わず、強く働いている気がします。
その意味で、女性の場合は、日本でも活躍している少女時代やKARAなどが「良い例」だと思いますが、男性の場合は、鍛え上げた肉体と荒々しさを感じさせるパフォーマンスによって、韓国で「野獣系アイドル」として人気を博し、最近日本でもデビューした2PMが、極端ながらも一つの例だと思います。
彼らは20歳そこそこなので、まだ兵役にはついていませんが(とは言え、多くの男性は大学在学中に軍隊に行くそうです)、それと関わって、メンバーの中でも人気で一二を争うテギョン(1988~)の行動が、少し前に話題になりました。
それは、アメリカ移民として取得した米国永住権を、現役で軍入隊するために放棄したというニュースでした(*2)。韓国の徴兵制には、国外の永住権取得者は兵役免除となる制度があり、また彼は徴兵検査の結果、公益勤務要員となる4級(1~3級が現役で軍入隊、4級は補充役・公益勤務要員、5級は免除・有事出動、6級は完全免除)とされたそうですが、現役入隊を目指して、再度徴兵検査を受ける意思も明かしています。そして、彼はその行動の理由として、11月23日に起こった延坪島(ヨンピョンド)での交戦から受けた衝撃を挙げています。
延坪島事件は、犠牲者の中に若い現役兵が含まれていたこともあり、徴兵制について改めて考える機会になったようです。奇しくも、事件2日後には、全ての国民の国防義務を憲法で定めておきながら、男性だけに兵役義務が課せられるのは平等権の侵害であるとして、兵役法条項の違憲性を問うた裁判に、憲法裁判所は「合憲」という判断を下しています。理由は、「男性は女性よりも戦闘に適合した身体的能力を持っており、そういった能力に秀でた女性も月経・妊娠・出産などの身体的特性上、兵力資源として投入するには負担が大きい」というものでした(*3)。
男性だけの徴兵義務がいかなる意味で性差別なのか、女性も徴兵制度へと組み込まれれば、両性平等なのか(*4)。国民の義務だとされている国防の役目を、誰がどのように果たすのか。その役割分担が、現実にいかなる影響を与えるのか。軍隊の存在が日常生活に根付いている韓国の「男らしさ/女らしさ」を含むジェンダー規範において、軍隊はその根幹を強く握っています。延坪島事件以降、緊張状態が続く韓国で、ドラマを見ながらふとそんなことを思いつつ、事態の好転を祈りつつ、2010年を見送るのでした。
*1)「「シークレット・ガーデン」が性暴力を助長する」『NewSIS』(2010/12/27付)http://www.newsis.com/ar_detail/view.html?ar_id=NISX20101227_0007037128&cID=10602&pID=10600/「「シークレット・ガーデン」女性卑下、性暴力美化?」『モーニングニュース』(2010/12/27付)http://www.morningnews.co.kr/article.php?aid=129344671131273006
*2)「2PMテギョン、現役入隊のために米国永住権放棄」『インフォネット』(2010/12/10付)http://contents.innolife.net/news/list.php?ac_id=7&ai_id=124553
*3)「国は男が守れ…憲裁「男性だけ兵役義務…合法」決定」『京郷新聞』(2010/11/25)http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=201011251618531&code=940301
*4)「「女性も軍隊に行かなければならないか」-再度揺れる女性界」『朝鮮日報』(2010/12/5) http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2010/12/03/2010120301195.html。
日本語版はhttp://www.chosunonline.com/news/20101212000017。
本記事には、兵役を終えていない者が国防を語るなといった批判をかわすために、国防や安保に関する勉強を始めたという女性国会議員の紹介や、ヤン・ヒョナ氏(ソウル大学校)や権仁淑氏(明知大学校)による、女性に対する軍服務の門戸開放を求める主張が掲載されている。とくに、権仁淑氏の、「軍隊で各種の特化された技術を学び、多様な経験を重ねることができるだけでなく、女性が活発に政治や経済分野に参与することができる根拠を確保する」という点から、女性の兵役参加を主張するあり方は、さらに議論が必要とは言え、韓国社会で女性が置かれている状況の重要な一面を表しており、興味深い。(引用部分は、ハングル版より著者訳)
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