2011.01.05 Wed
2009年の韓国でもっとも話題になったドラマといえば「善徳女王」(MBC全62回、2009年5月25日~12月22日)であろう。このドラマは三国時代(高句麗、百済、新羅:紀元前57~668)の新羅第27代王で、朝鮮で初めての女王、善徳(ソンドク:在位期間632~647)王を主人公にした歴史物語だ。だが、ドラマは、その真偽が疑われている『花郎世紀』(8世紀頃、新羅の金大問によって書かれたとされる)から多くのヒントを得ていることや、実在した人物の年代設定も意図的に変えてあるので、全くのフィクションと見ても差し支えないだろう。
演出は「ニューハート」のパク・ホンギュンと「朱蒙」のキム・グノン、脚本は「大長今[宮廷女官チャングムの誓い]」、「薯童謠[ソドンヨ]」のキム・ヨンヒョン(1966~)と、映画「共同警備区域JSA」のパク・サンヨン(1972~)が共同執筆した。総制作費は250億ウォン(約20億円)、一回当たりに換算すれば4億ウォンに上る。近年ではこれくらいの制作費は珍しいことではなく、同時期に放映された「太陽を飲み込め」(4.8億ウォン/回)や「アイリス」(10億ウォン/回)に比べると低い方だ。それでも最高視聴率は46%を記録し、MBC演技大賞や百想芸術大賞を総なめしたのだから、大成功といえるだろう。
女性版、英雄物語
第26代真平王の双子の妹として生まれた徳曼(トンマン:後の善徳)は、「女の双子が生まれたら、家系を継ぐ男子が途絶える」という言い伝えがあるために、生み落とされるや否や乳母に託され王宮から遠ざけられる。先代の王(真興王)の後宮で、王宮の実権を握る美室(ミシル)の刺客に追われながらも、徳曼は西域でたくましく成長し、生き延びて徐羅伐(ソラボル:新羅の都、慶州)に戻った。そして自分の出生の秘密を解くために男装して花郎となり、王宮に入り込む。やがて、自分が真平王の娘であり、美室の陰謀によって数奇な運命を辿ってきたことを知ることになる。また、公主である双子の姉が美室によって命を落としたことも分かり、美室と闘うことを決意する。
闊達で機知に富む徳曼は、ついに真平王の娘(公主)として復権することに成功する。ドラマでは、徳曼の出生以前から、公主として返り咲いた後、美室の陰謀と闘って王座につく過程、さらに美室の死後、その残党勢力との闘いを経て善徳女王が息を引き取るまでの生涯が描かれている。今までの時代劇に登場した女性たちが、常に王の正室や側室として暗闘を繰り広げたり、王である息子の母親として生きる姿だったのと違い、このドラマでは、徳曼が美室との権力争いに勝利する姿だけでなく、国の発展のために力を尽くす有能な政治的リーダーとして描かれている。まさに、英雄物語の女性版である。
美室と徳曼
ところで、このドラマで最も注目されたキャラクターは、徳曼よりもむしろ美室であるといえよう。美室は、権威のある歴史書である『三国史記』や『三国遺事』などにはその名前がなく、『花郎世紀』にだけ登場する人物である。ドラマの中の美室は、真興王の寵愛を得たのち、極めて権力欲の強い女性として描かれている。美室の性格を見破っていた真興王は、死ぬ直前、側近の部下であるソルォンに美室を殺せと命じる。だが、美室はすでにソルォンを情夫として手なづけているのでどうにもならない。そして王の死後、事実上の最高権力者になる。亡き王の教訓である「人を得る者が天下を得て、時代の主人となる」という言葉を受けて、息絶えた王の前で部下たちを従え、「ご覧ください!彼らは私の人なのです!…これからは、ミシルの時代なのです」と叫ぶ場面がとても印象的だ。
美室は、王の遺言を無視して、自分を妃にすることを条件に、真興王の次男(真智王)に王位を継がせる。しかし、真智王がいつまでも自分を王后にしないとわかるや、真智王との間に生まれた赤ん坊(後のピダム)を捨てるばかりか、先代王の遺言を持ち出して王座から引きずり下ろす。そして、真興王の15歳の孫(真平王)を王位につかせて操縦する。後にその王后が懐妊したとわかるや、今度は王后を殺害して自分が王后の座につこうと策略する。そのしぶとさは並大抵のものではない。
美室はその権力欲のために、女としての色気を最大限に利用しつつ、残酷な恐怖政治を行う。また彼女自身が武術修業の一団である花郎を統率する源花になるなど、武術にも長けている。その上、目線一つで男を自分のものにしたり、一瞬の眼差しで部下に人殺しを命じる。美室を演じた高賢廷(コ・ヒョンジョン1971~)の演技がまた絶妙で、眉をピクリと動かして男を操る表情が一時、巷で流行ったりした。
他方、殺されかけた王后が奇跡的に生還して産んだ双子の妹が徳曼である。西域で逆境の中をたくましく生き抜き王宮に戻ってきた徳曼が、正式に王の娘であることを認められてからの展開がとても興味深い。依然として権力欲の権化として振舞う美室に対抗する徳曼は、それ以上に叡知を身につけて譲らない。徳曼役のイ・ヨウォン(1980~)も、凛として立派に演じきっている。
パラダイムの転換
ところで、このドラマの核心ともいうべき個所は、「私が王位を継承する」と徳曼が宣言する場面であろう。あれだけ権力に執着する美室でさえ考え及ばなかった「自ら王になる」という発想を、徳曼が堂々と主張するのである。息子がいない真平王は、徳曼が結婚する男性に王位を継がせることにして、その相手を選ぶための会議を開く。その場に徳曼を呼び、誰を結婚相手に選ぶかについて本人の意見を聞く。ところが徳曼は、自分は結婚する意志がなく、聖骨(両親が王族で、新羅の骨品制では最高の階層)の身分である自分が王位を継ぐと明言するのである。
徳曼がそう宣言した時、王をはじめ家臣たちは一斉に驚くが、最もショックを受けたのが美室だった。権力を手に入れるために王の後宮になるか、王后になることばかりを考えてきた美室は、自分自身が王になることについて考えたことがなかった。そればかりか、女である徳曼がまさか王になると言い出すとは思ってもみなかったのだ。美室にとっては、自分が聖骨ではなく真骨(王族と貴族の婚姻で生じた階層)であるという身分制の壁よりも、女であるというジェンダーの壁の方が発想の妨げとなっていたのである。
このドラマの興味深い点は、そのことを美室に気づかせ、徳曼のみならず美室をもジェンダーの壁をつき崩して、王位を目指して歩ませるところにある。こうして王座をめぐる二人の闘いが始まる。しかし、その闘い方は武力によるものではなく、あくまでも討論が中心だ。この点も、韓国でこのドラマが圧倒的な支持を得た理由であろう。韓国言論情報学会のシンポジウムでは、徳曼と美室が互いに丁寧な言葉で討論し、直接相手と対話し、説得を試みる場面を、真の民主政治の姿だと賞賛している。
ドラマの中の美室と徳曼は、あらゆる面で対照的だ。例えば、美室にとって権力を握ることは、自らの権力欲を満たすことであり、自分の出身成分である貴族たちの利益を守ることである。そのために、美室の統治方法は秘密主義をとる。巫女の占いや迷信、暦などの天文学的知識は民を操作するための立派な道具であり、そのために嘘をつき、真実を隠そうとする。それに対して徳曼は、王座につく目的を民衆のためだと位置づける。だから、農作業にとって重要な情報となる暦の知識を、美室とは逆に民に公開しようとする。
美室にとって重要なのは貴族であり、男たちであるが、徳曼にとってそれは民衆なのである。また、閉鎖的で身内だけを大事にしようとする美室に比べて、西域で育った徳曼は外国語に長け、伽耶出身の金庾信(キム・ユシン595~673新羅の三国統一を果たした武将)を手厚く処遇するなど、開放的な政策を目指す。こうした美室と徳曼の考え方の違いは、まるで韓国現代史のリーダーたちや政党の政策を反映しているかのようだ。
時代劇と言えば、男性ファンが多いのが相場である韓国で、「善徳女王」は女性の熱烈なファンを作り出した。このドラマの脚本家が、時代劇の女性主人公ブームのきっかけを作った「大長今」の作者だということがうなずけよう。ところで、韓国女性民友会メディア運動本部は「時代劇の中の女性政治家のイメージ分析」という報告書の中で「善徳女王」や「千秋太后」などを取り上げ、母性や愛を乗り越えた女性政治家の登場を歓迎し、有能な女性リーダーたちの対決を堪能させてくれたと絶賛した。また、男性たちを手玉にとる美室のことについて皮肉る男性評論家たちが多い中で、女性たちは一妻多夫の登場が新鮮だと評した。メディア世界開かれた人々という団体は、そのモニター報告書の中で、美室の人気の要因として、彼女の美貌と頭の良さ、実行力とカリスマ性、権力欲などを挙げているのも面白い。
新羅の女王たち
ところで、実際の善徳女王は果たしてどんなリーダーだったのだろうか。このドラマの最大の難点は、史実とかけ離れていて、歴史の理解を誤らせるのではないかと危惧され、批判されている点にある。ただ『三国史記』によれば、真平王に息子がなかったので王位を継承したこと、庶民の生活に関心をもって農業を振興させ、貴族の子弟たちを唐に留学させ、外交関係の強化を図ったことなどが伝えられている。また、在位中に東洋最古の天文台といわれる瞻星台(チョムソンデ:国宝第31号)を建てたり、皇龍寺の九層塔を完成させて仏教の普及に尽力したとなっている。だが、一方で同書は「新羅は女を王位につかせ、実に世の中が乱れた。国が滅びなかったのは幸いだった」とも記している。
新羅時代には善徳女王の他に二人の女王を輩出した。善徳のすぐ後が、第28代の真徳女王(チンドク:在位647~654)である。彼女は、真平王の弟(国飯葛文王)と月明夫人の娘で、善徳女王の従妹にあたる。真徳女王は百済、高句麗の侵攻に対抗するため、ドラマにも登場する金春秋(第29代の太宗武烈王:在位654~661)を唐に派遣するなど、外交と国防を強化し、三国統一の基盤を作ったと評価されている。三人目の女王は、第51代真聖女王(チンソン:在位887~897)で、この女王に関しては放蕩な生活を送ったと伝わるだけで、詳しいことはわかっていない。韓国を代表する映画監督の申相玉(シン・サンオク1926~2006)が制作した「千年狐」(1969)という恐怖映画に登場している。
現実との落差
新羅時代の女王がドラマ化され、美室や善徳女王のリーダーシップが賞賛されるようになった背景には、現代社会での女性政治家たちの活躍や、いわゆる“女風”といわれる女性パワーが韓国社会で吹き始めたことと関連がある。事実、朴槿恵(パク・クネ1952~)や韓明淑(ハン・ミョンスク1944~)などといった大物女性政治家が活躍し、次期大統領との呼び声まで挙がっている。また、ドラマの世界では一歩先んじて、女性大統領を実際に誕生させている(「大物」SBS,2010:朴寅権の同名漫画を原作としたもの)。そのドラマで大統領になる女性ソ・ヘリムを演じたのが、美室を演じた高賢廷である。
しかし一方で、某財閥の御曹司と2003年に離婚し、幼い二人の子どもと別れて暮らす高賢廷が、MBC演技大賞を受賞した際の挨拶で、司会者に促されてようやく「子どもたちも見ていてくれたら…」と必死に涙をこらえて語る姿を見ながら、ドラマの中の美室やソ・ヘリムと俳優高賢廷との間には、現代と新羅との時空的な隔たりと同じくらいの距離があるのかもしれないと、ふと思った。
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