エッセイ

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<女たちの韓流・19>「黄色いハンカチ」-赦しと和解の物語-      山下英愛

2011.08.05 Fri

今回は、「黄色いハンカチ」(全169話、KBS2003)について書いてみよう。前回、“未婚の母”の苦しみをリアルに描いた点では「あなたはまだ夢見ているのか」の方が優っているようだ、と書いたが、戸主制度廃止の世論を高めるのに大きく貢献したのは、紛れも無く「黄色いハンカチ」の方である。私なりに考えた理由は二つある。一つは、「あなたはまだ夢見ているのか」が、朝の連続ドラマだったのに対して、このドラマは“家族団らん”の時間帯に設定された夜の連続ドラマだったことだ。これが視聴率にも影響したのだろう。もう一つは、主人公の男女が子供の養育権をめぐって対立しながらも、最終的には和解に至るというストーリーの展開である。これが多くの人々から共感と支持を受けやすかったのではないかと思うのだ。

男の裏切りと妊娠

陶磁器デザイナーのユン・ジャヨン(俳優イ・テラン)は、リゾート会社に勤めるイ・サンミン(キム・ホジン)と結婚を前提に長年つき合ってきた。二人とも家が貧しかったため、ともに働いて結婚資金をためる必要があった。来年には結婚しようと約束していた二人に、例年のようにクリスマスがやってくる。ジャヨンはサンミンのためにクリスマスプレゼントを買い、デートする日を楽しみにしていた。だが、サンミンは出張だの何だのと言って忙しく、なかなか逢ってくれない。年が明け、サンミンに対する一抹の寂しさを感じはじめた頃、ジャヨンはサンミンから突然、別れを告げられた。

リゾート会社の有能な社員であるサンミンは、その間、亡き社長に代わってトップの座についた社長の娘チョ・ミンジュ(チュ・サンミ)に見染められ、側近に起用される。そればかりか、間もなくプロポーズまでされるようになる。サンミンがつき合っている女性がいることを白状しても、ミンジュは引き下がるどころか、ますます積極的になる。そんなミンジュの強引さに当惑しつつも、サンミンは自分を好いてくれる若くて、有能で、はっきりものを言うミンジュに次第に心が傾いてゆく。その上、ミンジュとの結婚は、サンミンにとってまたとない出世の機会でもある。サンミンは迷った末、ミンジュのプロポーズを受け入れることにして、ジャヨンに別れを切り出したのである。

ジャヨンはサンミンから別れを宣告されたことで大きなショックを受ける。しかも、よりによってその直後に、自分が妊娠していることに気がつく。そこでサンミンに妊娠している事実を告げ、戻ってきて欲しいと懇願する。だが、サンミンの態度は変わらない。むしろ、ジャヨンを産婦人科に連れて行き、中絶を強いようとまでする。ジャヨンはそんなサンミンの急変ぶりを見て、彼に幻滅して未練を捨てる。そして、一人で子供を産んで、育てて行こうと決心するのである。

婚外子の存在

サンミンと別れて失意のどん底にあったジャヨンは、偶然、チョン・ヨンジュン(チョ・ミンギ)と知り合う。ヨンジュンは長年の海外生活を切り上げ、恋人とも別れて韓国に戻ってきた有能な青年である。彼はジャヨンと何度か会ううちに彼女が気に入って好きになる。彼女が別れた恋人の子供を宿している事情を知るが、それでもジャヨンを愛する気持ちは深まるばかりで、しまいには結婚を申し込む。ジャヨンもその熱意にほだされ、これに応じるが、ヨンジュンのたった一人の家族である祖母が、他人の子供を孫にはできないと言い張って、二人の結婚に反対する。

片やサンミンと結婚したミンジュは、夫とジャヨンの関係がまだ続いているのではないかと密かに疑う。そのことがもとで夫とケンカして流産までしてしまう。さらに体調を崩し、子宮摘出手術を受けるはめとなる。その後、二人は女の子を養子にとって育てることにしたが、サンミンの父親のウンギュは、後継ぎが途絶えてしまったことで落胆する。ところが、ウンンギュはある日、ジャヨンがサンミンとの間の息子を一人で生んで育てているという事実を知る。子供のジミンを認知して自分の戸籍に載せろと、ウンギュがサンミンをしきりに促したのは言うまでもない。

初めのうちは、そんな父親の要求にまったく耳を貸さなかったサンミンも、ジャヨンがヨンジュンと結婚することになると知って考えが変わる。昔の恋人のジャヨンが未婚のままジミンを育てるならまだしも、ジミンが“他人の息子”になるのは許せないと思ったのである。そこで、母親の戸籍に入っているユン・ジミンを認知して“イ・ジミン”にしようと画策する。一方、ジャヨンとヨンジュンは、自分たちが結婚しても、現行法のもとではジミンの姓を新しい父親であるヨンジュンの姓に変えられないということを知って落胆する。そのため、不法であると知りながらヨンジュンはジミンを認知し、“チョン・ジミン”として戸籍に載せてしまうのである。

ドラマの終盤は、ジミンを自分の子供として認知したいサンミンと、それを阻止しようとするヨンジュンとの間で攻防が繰り広げられる。そこに、ジミンを認知するなら、まず自分と離婚してからにせよと迫る妻ミンジュとの遣り取りが加わって実態はややこしくなる。このように子供のジミンの認知をめぐって、周囲の人間関係が鋭く対立するのだが、最終的には意外な要素が加わって和解を印象づける展開となる。ここでは一体何が起こったのかは明かさないでおこう。ただ、戸主制度の下で対立する人間関係を和解させるためには、どうしても予想外の展開が必要になるのだ。ついでに言えば、交通事故や重い病気、そしてかつてはよく登場した留学というストーリー上の仕掛けは、日常的にはどうにもし難い矛盾や葛藤を解決するのに使われる。

ドラマの反響

前回でも述べたが、このドラマは“戸主制度を扱ったドラマ”として何度もマスコミに取り上げられた。女性省の「男女平等放送賞大賞」以外にも、放送委員会の“良いプログラム賞”、YWCAの“最高のプログラム賞”にも選ばれた。また、脚本を書いた朴貞蘭は、母校の梨花女子大学から“梨花文学賞”を、年末のKBS演技大賞では作家賞などを受賞している。一つのドラマがこんなに多くの賞に輝くのも結構めずらしいが、これもこのドラマの反響の大きさを示すものだろう。男女平等放送賞授賞式では、女性省の長官が「女性省と女性界が、戸主制度廃止のために幾らキャンペーンをして努力しても、一篇のテレビドラマの影響に及ばない」と述べている。こういうこともあってネット上では、「女性界がドラマを操作する」とか「悪質フェミニストに唆されて書いたのではないか」などと書きたてる人まで出ている。

だが、ドラマを制作した側は、意識的に戸主制度の問題をクローズアップさせるつもりはなかったらしい。PDのキム・ジョンチャンは、「初めから未婚の母の問題を焦点にしようとしたのではない」「法律や戸主制度に関する資料はわざと読まなかった」と述べている。また朴貞蘭もあるインタビューで、この問題について「女性の立場を代弁しようとしたのではなく、血筋に対する韓国的な情緒にも気を配った」といった趣旨の発言をしている。

作家朴貞蘭

さて、1941年生まれの朴貞蘭は、今では金秀賢と並ぶドラマ作家の大御所の一人である。梨花女子大学国文科を卒業し、会社勤めの後、放送作家になろうと放送局の門を叩いた。1968年、ラジオの短編ドラマ「孕胎」でデビューし、1975年頃から本格的にテレビドラマを執筆するようになった。1989年に書いた「垣に咲く鳳仙花」で、韓国作家協会の作家賞を受賞して注目された。2000年代の作品としては、本作品の他に、「噂の女」(2001、キリスト教文化大賞受賞作)、「愛しいあなた」(2005)、「幸せな女」(2007)、「愛してる、泣かないで」(2008)などがある。金秀賢に比べて長編連続ドラマが多く、韓国の連続ドラマを引っ張ってきた代表的な作家と評されている。

クリスチャンでもある彼女の作品には、常に赦しと和解というテーマが込められているという。外国の物語に由来して付けられた「黄色いハンカチ」という題名にも、罪を赦して受け入れるという思いが込められている。ちなみに日本でも「幸福の黄色いハンカチ」(1977)という題の映画がある。朴貞蘭は、「黄色いハンカチ」の成功のおかげかどうかはわからないが、翌2004年、韓国作家協会の第26代理事長に選出された。理事長時代には韓国の放送台本のデーターベース化に力を注ぎ、2008年に放送台本デジタル図書館(www.daevon.or.kr)を開館させている。これは彼女の特筆すべき功績と言ってもよいだろう。

朴貞蘭ドラマの女たち

ところで、朴貞蘭ドラマに描かれる女性主人公たちは、往々にして既存の“女らしさ”をひときわ内面化した人たちである。「黄色いハンカチ」のジャヨンは、デザイナーという専門職をもつ自立した女性だが(「幸せな女」のジヨン、「愛しいあなた」のイニョンもデザイナーである)、性格はいたって物静かで、自分の思いを内に秘めるタイプだ。自分の家族はもちろん、恋人とその家族にも常に心を配り、嫁としての役割に献身する女性として描かれている。他方、男性との関係では受動的であり、相手次第で被害を受けたり、救われたりする。ジミンの認知をめぐって争うのも、実際にはサンミンとヨンジュンであり、ジャヨンはその成り行きに一喜一憂するだけのようにも見える。

彼女が最も能動的に行動するのは、未婚のままで子供を産むこと、つまり、“母性”を発揮する時である(「幸せな女」のジヨンも「愛しいあなた」のイニョンも、離婚後に子供を産んでいる)。或いは、作家の宗教的信念と関係があるのかも知れないが、彼女のドラマの中で葛藤が高まるのは、家族制度の枠外で、子供を産むという設定になっている時にもたらされる。その意味では、子供を産み育てる女性の権利の自由を主張しているようにも見える。だが、それが家父長的な脈絡の中で母性の表象のように印象づけられるのは、その母性が、幾多の困難の末に新たな男性の愛によって救われ、ハッピーエンドに納まるという展開のせいだろう。

“未婚の母”の描き方が「あなたはまだ夢見ているのか」と比べると物足りなく感じられたのは、こうした理由からだろう。それに、「黄色いハンカチ」でジャヨンを救う王子様役のヨンジュンも、ある意味では「奇跡的な人」であり、恐らく現実には存在しない。ちなみに、ジャヨンを演じたイ・テランと、サンミンを演じたキム・ホジンは二人ともKBS演技大賞で最優秀演技賞を受賞した。片や、ヨンジュンを演じたチョ・ミンギは、いずれの賞からも外れたが、この役で「あなたはまだ…」の悪役ヒョクジュ像をきれいさっぱり払拭し、その後、ますます人気を高めることができた。

今月(8月)下旬、朴貞蘭の新しいドラマ「一千回の口づけ」(MBC)がお目見えする予定である。今度は果たしてどんな女性像が登場するのか、それが楽しみである。

写真出典

http://www.mykofan.com/(S(40unic55x0d1h3mk2paura45))/Yellow_Handkerchief__-200-Drama.aspx

http://www.womennews.co.kr/news/19904

http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000159873

http://news.khan.co.kr

カテゴリー:女たちの韓流

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