2012.04.01 Sun
まったく新しいサイレント映画 『アーティスト』 青山 リサ
THE ARTIST New Silent Picture Text by Lisa Aoyama
サイレント映画「なのに」ではなく、サイレント映画「だから」面白い。良い意味であざといほどの、映像と音と無音を活かした演出に、「今まで見たこともない」ような映画の美学がつまっている。登場人物や舞台となる映画会社は架空のものだが、映画史とサイレント映画がなし得る表現そのものを題材にすることで完成された、現代だからこそ作り上げられたサイレント映画の傑作だ。今年度のアカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞、作曲賞、衣装デザイン賞と最多5部門を受賞したのは、その発想の勝利というよりも、映画としての完成度の高さにあるだろう。
物語の舞台は1927年。トーキー映画の幕開けである『ジャズ・シンガー』が公開された年だ。サイレント映画の人気俳優・ジョージは、女優を目指すエキストラのペピーと出会う。二人は惹かれ合うも、ジョージには妻がおり、関係が発展することはなかった。二年後、彼らの所属する映画会社はトーキー映画の製作に完全移行し、サイレント映画への出演を貫くジョージは、会社を辞めて自身のプロダクションを立ち上げる。サイレント映画への執着と世界恐慌の打撃は彼の生活を困窮させ、一方でトーキー映画に出演するペピーは端役から看板スターへと成功の階段をかけ上がっていく。すっかり落ちぶれてしまったジョージを見捨てられないペピーは、二人で映画に出演することを思いつく。
サイレントからトーキーへ、映画が音を得て新たなジャンルが誕生するに至るハリウッドの映画史を描いたこの物語を手がけたのは、フランスの映画監督ミシェル・アザナヴィシウス。彼は架空の映画会社を舞台にすることで、自由に過去の映画や映画人へのオマージュをちりばめ、たとえばペピーが撮影所に向かう姿の背景に当時のハリウッド・サイン(「HOLLYWOODLAND」)を一瞬映り込ませるなど実に細かい部分にまでこだわり、映画への愛を表現した。それと同時に、映像が見せることのできる表現を存分に味わせ、音と色のない一見制限された世界に無限の広がりを見せる。
その演出を支えるのが、ジョージ役のジャン・デュジャルダンとペピー役のベレニス・ベジョが見せる、白黒の世界に映えるような輝いた演技だ。彼らのいつまでも追いたくなるような豊かな表情、視線、歩き方から指の動きに至るまでの動作には、ただ魅了される。ジョージに想いをはせるペピーが彼のタキシードに腕を通し、抱き合うように自身の体へ腕を回す動作の、彼女のゆっくりとした手つきと視線。そしてそれを見つけてしまったジョージの表情があれば、セリフなど必要ない。
また物語を彩る音楽は、映像と同じくらいにぴったりと作品に寄り添い、語りかけてくる。楽屋でジョージと再会したペピーが彼に惹かれながらも楽屋をひっそりと去るシーンでは、それまで流れていた音楽がふと鳴り止み、そうして文字通り静かに扉が閉まることで、彼女の寂しさが何もないところから滲み出てくるようだ。現代の映画だからこそ、場面に合わせ音を止めることも出すことも自在に調整ができ、サイレント映画だからこそ、そうした音の演出が強調され大きな意味を持つ。このあたりの配分が見事に合わさり、今まで誰も見たことのないような映画が誕生した。『アーティスト』のような現代のサイレント映画は、恐らくふたつと生まれることはないだろう。
音のない白黒の世界は決して不自由ではなかった。音や色を得て、表現の世界が広がったにすぎない。そして世界恐慌という時代の波に呑まれながらも、逆境のなかで人々は常に映画を求める。ジョージとペピーもまた、激動の時代に呑まれながらも自分ができる表現を試し続ける。これは単なる古典映画のパロディには収まらない、前向きで、ロマンティックな恋物語だ。今年度のアカデミー賞では映画の黎明期を題材にした『ヒューゴの不思議な発明』が本作品と並び賞レースを盛り上げたが、映画のデジタル化が進みフィルムが築いた映画史に一つの区切りがつこうとしている今、改めてサイレント映画の世界へ目を向けるときが来たのではないだろうか。
(日本大学芸術学部映画学科4年 青山リサ/あおやまりさ)
『アーティスト』
(ミシェル・アザナヴィシウス監督/2011年/フランス/101分)
4月7日(土) シネスイッチ銀座、新宿ピカデリーほか全国順次公開
配給・宣伝:ギャガ
© La Petite Reine . Studio 37 . La Classe Americaine . JD Prod . France 3 Cinema . Jouror Productions . uFilm
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カテゴリー:新作映画評・エッセイ
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