2012.04.05 Thu
90年代の代表的ドラマ
1995年に放映された「若者のひなた」(KBS2週末、全56話)は、90年代の代表的なドラマの一つである。最高視聴率は歴代5位の62.7%を記録した。江原道の山間にある舎北(サブク)という炭鉱村を背景に、そこで育った若者たちの夢と挫折、愛と希望を描いた物語である。ヨン様が出演するドラマとあって、日本でもDVD化されている。以前、本欄で紹介した「初恋」(1996~7)の作家曺小恵(チョ・ソヘ)が脚本を書き、新人のチョン・サンが演出した。それまでの連続ドラマはスタジオでワンシーンを長く撮るのが一般的だったが、チョン・サンは、カット数を増やして斬新な画面を作り出した。それが評価されて、1996年の百想芸術大賞で新人演出賞を受賞している。
野心に満ちた主人公の青年パク・インボムを演じたのは、CMモデルから役者の世界に飛び込んだばかりの李鍾原(イ・ジョンウォン1969~)。インボムを愛するイム・チャヒ役には夏希羅(ハ・ヒラ1969~)、チャヒの妹で、小説家を目指すジョンヒ役を全度姸(チョン・ドヨン1973~)、そして、化粧品会社の社長の息子で映画監督志望生のソクジュ役を裵勇俊(ペ・ヨンジュン1972~)が演じた。他に、パク・サンミン(1970~)、洪景仁(ホン・ギョンイン1976~)、許峻豪(ホ・ジュノ1964~)、朴相兒(パク・サンア1972~)などが出演している。とりわけ、無名に近かった全度姸と裵勇俊は、このドラマへの出演をきっかけに道が開けたと言ってもよいくらいだ。年末のKBS演技大賞では、最優秀演技賞(夏希羅)、新人賞(裵勇俊、洪景仁、朴相兒)、人気賞(李鍾原、全度姸)を受賞した。ちなみに「若者のひなた」というタイトルは、1951年のアメリカ映画の韓国語版タイトルに由来する(日本では「陽のあたる場所」)。上流階級への身分上昇を夢見る若者を主人公にしているというモチーフも似ている。
富と成功を夢見る青年
ドラマは、民主化直後の1988年1月、インボムがソウル大学の合格発表を見にゆく場面から始まる。子どもの頃、鉱夫だった父親を鉱山事故で亡くしたインボムは、水商売をする母親に育てられた。いつも問題を起こしてばかりの弟イノと違って、インボムは優等生で勉強も良くできた。そんな彼に対する村民たちの期待を背に、浪人してソウル大学の経営学部を受験したのだった。インボムは見事に合格し、貧しい舎北から脱け出す機会を得る。
片や、インボムの恋人であるチャヒは、インボムがソウル大学に合格したことが嬉しい反面、自分から遠く離れて行ってしまうようで、不安でもある。チャヒもインボムに劣らず勉強がよくできるが、「大学に行きたい」と言っても、親や妹はまともに相手にしてくれない。チャヒは自分の進学はすぐに諦め、母親が知的障害を持つ弟スチョルのために積み立ててきた貯金を、授業料がなくて困っているインボムに渡す。そうしてインボムをソウルに送り出したチャヒは、インボムの帰郷を楽しみにしながら働きに出る。しばらく後に、チャヒはインボムと再会して一夜を共にし、妊娠してしまう。
小さな下宿部屋で暮らしながら大学生活をスタートさせたインボムは、同じ経営学部に通うハ・ソクチュと出会う。ソクチュは大手化粧品会社の跡取り息子である。そのことを知ったインボムは、良い家柄の息子の振りをして、親しく付き合う。当のソクチュは会社の経営に無関心で、映画のことに夢中だ。インボムが出自を偽っていることを知っても、友情を大切にしようとする思慮深い性格である。ソクチュの父親は、勉強熱心で有能なインボムが気に入り、将来会社を継ぐ息子の片腕として期待するようになる。また、ソクチュの双子の妹ソンナンはインボムに惹かれ、インボムも自分の夢を叶えるため、ソンナンと交際するのだった。
また、このドラマで興味深いのは、インボムにとって成功の鑑でもあるソクチュの父親ハ・イルテと、その婚外子、チョ・ヒョンジ(娘)の存在である。ハ・イルテも若い頃、成功街道を歩むために、ヒョンジとその母親を捨てて今の妻と結婚し、ヒョンジらを無視し続けてきたのだった。インボムは、図らずもイルテと同じ過ちを犯そうとしていたのだ。インボムの場合は、チャヒとその子の存在がソンナンにバレて、破談になる。そして、ほどなくイルテも、隠し子の存在を新聞にスクープされてしまう。ショックで倒れたイルテが、一命を取り留めて家に戻ってくるシーンがあり、ここで少しばかり驚かされる展開が待っている。
チャヒの失踪
インボムは確か、チャヒが妊娠したことを知らないという設定になっていた。知ったらおそらく、「黄色いハンカチ」のサンミンと同様に、「堕ろせ」と迫っただろう。チャヒは、妊娠した事実を一度はインボムに告げに行くのだが、結局言わずに引き返してしまう。インボムとソンナンが親しくしている姿を見てショックを受けてしまったからだ。そして、誰にも妊娠のことを言わずに、こつ然と姿を消す。そのことで、家族は大きな苦しみを味わった。“未婚の母”になることがこんなにも大変なことなのか、と思わされる場面である。ちなみに、同じ頃のドラマには“未婚の母”がお馴染みメニューのように登場し、マスコミや一部の団体から、“未婚の母ばかり登場させるのはけしからん”、と叩かれた(MBC「愛と結婚」、SBS「オギおばさん」、「アスファルトの男」ほか)。その背景には、90年代のフェミニズムの台頭と、女性の結婚前の性関係に対する社会的認識の変化があるようだ。しかし、何よりも避妊に無責任な男たちと性教育の不在がもたらした結果でもあろう。
チャヒの場合、大学を受験する機会も与えられず、身重の体で失踪する形でしか故郷を出られなかった。この点が、男のインボムと比べて示唆的である。チャヒはインボムに捨てられても彼のことを想い続けるが、決して自らインボムの前に姿を現そうとはしない。あくまでも控えめで自己犠牲的な女性として描かれている。ドラマを見ながら、そんなチャヒが歯がゆく感じられることもあるが、一人で自立して生きてゆこうとする姿はつい応援したくなる。私には、「初恋」のヒョギョンのように、世間知らずで男に依存的なキャラクターよりも遥かにマシだと思えた。
人生のマクチャン(どんづまり)
ところで、このドラマの背景となっている舎北は、国内で有数の鉱山地帯である。政府が石炭産業の育成政策を推進した70~80年代には、約3000人の従業員を抱える韓国最大の民営鉱山会社があった。だが、鉱夫たちの労働条件と作業環境、そして日々の生活環境は劣悪で、鉱夫たちの暮らしは決して楽ではなかった。頻繁に起こる事故によって、けが人は毎年300人以上、インボムの父親のように坑道の崩落事故で亡くなる人も年に100人を下らなかった。そのため炭鉱は、人生に行き詰まった人々が最後にたどりつく場所、という意味の、“マクチャン人生”と言われた。“マクチャン(막장)”とは、“坑道の突き当り”、“終わり”という意味である。ついでに言えば、近年は、極端に非常識で衝撃的な内容のドラマを“マクチャンドラマ”と言う(代表的なものに「糟糠の妻クラブ」[2007]「妻の誘惑」[2008]などがある)。いわゆる“罵りながら見るドラマ”である。
1980年4月、ついに舎北の炭鉱労働者たちの不満が爆発し、労働条件の改善を求める大規模な抗議行動が起こった。当時の新聞は、一面トップで「鉱夫、700余名流血乱動」と報じている(『東亜日報』1980.4.24)。鉱夫たちは、賃金の引上げと御用労組の支部長の辞職を要求した。会社側はそれを拒否して警察を介入させ、鉱夫とその家族ら6000余人と機動隊が衝突する事態に発展する。この抗議行動は多くの犠牲者を出したにも拘わらず、大した成果もないまま、“酒に酔った鉱夫たちの暴動”として扱われてしまった。その後、金大中政権の下で“民主化運動関連者の名誉回復及び補償等に関する法律”が公布(2000.1)されたことがきっかけで、舎北事件の関連者たちが名誉回復運動を展開した。その一部の人たちが民主化関連運動者に認定(2005.8)され、この事件も“舎北抗争”の名で呼ばれるようになった。
80年代末になると石炭産業が次第に傾いて廃鉱が相次ぎ、90年代に入ると炭鉱村は急激に衰退してゆく。そうした中で、このドラマが放映される2か月余前の1995年2月末には、再び炭鉱労働者たちの生存権闘争が始まる。そして、政府は“石炭産業に代わる地域経済の活性化のために”と称して、同年12月、「廃鉱地域の開発支援に関する特別法」を制定公布する。それに基づいて、政府と江原道が大幅に出資した江原ランドが設立され、韓国人が出入りできる初めてのカジノが誕生するのである。だが、カジノが舎北の人々にどれだけ経済的利潤をもたらしているかは疑問の声が高い。また2000年のオープン以来、カジノで賭博中毒になり自殺する人が、毎年平均5人に上り、カジノの周辺でホームレスのように暮らしている人たちも1000~2000人くらいいると言われている。カジノの導入によって、また新たなマクチャン人生がこの地に展開されるようになったのは、実に皮肉なことである。
ドラマと現実の暴力
最後に、蛇足を一つ。劇中、インボムの弟イノは、暴力の世界で生きて、死んでゆく。このイノを演じたのは、映画『将軍の息子』(1990)で主役の金斗漢を演じたパク・サンミンである。だが、彼の暴力は、演技だけではなかったようだ。2007年に結婚した彼は、妻に対する暴力が原因で、2011年の暮れに離婚した。実は、ヨン様(裵勇俊)がこのドラマにキャスティングされた際、ソクチュよりもイノ役に魅力を感じ、自分がイノをやりたいと申し出たそうである。制作者側はそんなヨン様を説得して、ようやくソクチュ役を引き受けてもらった。マッチョな役柄を演じたいというヨン様の願いは、結局、「初恋」(1997)のチャヌや「裸足の青春」(1998)のヨソクで叶ったわけである。でも、ヨン様がもしイノ役を演じていたら、その後の人生は少し変わっていたのかもしれない。そうすると、今日のヨン様人気はどうなっていただろうかと、ふと思ってしまった。
写真出典
http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=rtty87&logNo=60107386890
http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=win64api&logNo=20072220406
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/417344.html
カテゴリー:女たちの韓流