2012.05.06 Sun
社会の制度は、財政があってこそであり、他方でジェンダーの視点は社会を見る上で欠かせない。しかし、財政とジェンダーというテーマとはどのように向き合えばいいのか、あまりに知らないことが多すぎる。
そんな思いで臨んだ、第3回例会「『財政とジェンダー』」。なぜ財政がジェンダーと社会と個人の生き方を考える上で重要なのか、そして、今この日本で何が起こっていて、私たちはそのこととどう向き合っていけばよいのか。自分自身の不勉強ゆえ難しいように感じる部分もありましたが、財政をジェンダー視点から考える意義を強く感じることのできた例会になりました。
講師の只友先生によるお話は、「財政とは何か」、という根源的なところから始まりました。財政のしくみを知ることは、財政の意味を知ることのみならず、なぜ財政がジェンダーと社会を知る上で重要となるのかを再認識することにもつながります。まず、財政学で扱われる「財政」は、明治以降の近代国家の財政を意味すること。すなわち、国家が財産をもたず、税金によってその運営を行う租税国家であるということ。そこでの財政現象は貨幣によって表示されること。そして、その統制は議会で行われるという(財政民主主義の確立)ということ、この3つの特徴を持つということが確認されました。
さらに、現代の財政機能を3点挙げられました。一点目は、電気、水道など、効率をよしとする市場では供給されえない財やサービスを公共財・公共サービスとして政府が供給するという資源配分機能。二つ目は、市場によって効率的に資源の最適配分がなされたとしても、効率を目指す上では解消されえない貧富の差という問題を、例えば所得税の累進税率や、社会保障支出といった方法で、政府の財政政策を通じて、「結果としての平等」を目指す所得再分配機能。三つ目は、自由な資本主義経済の下では、好況や、深刻な不況に陥ることもあり、経済社会現象としてはそれらは一つの状態に過ぎないが、そこで生活する人々にとっては社会不安につながることになる。そこで、裁量的財政政策によって、不況になれば財政支出を増加させ需要を刺激して、経済にテコ入れする財政の経済安定化機能があるということです。もっとも、こういった政策は、政府が市場に介入する、「大きな政府」を意味し、財政に頼らず、規制緩和によって競争環境を整えることこそが健全な経済のあり方だとする立場からは、批判を受けることになるが、今回のお話は、経済安定化機能によって競争を抑えることで、他者との競争に打ち勝つための成長を避けようとする「怠け者」を増やすとする考え方は新自由主義的であり、問題であるとの見解で進められました。さらに、公共財と民間財の違い、公共財の性質でもってしか供給できない財やサービスの意義などについてレジュメを使用して解説していただきました。
財政の役割としての、前述の「公共財の供給」という部分がジェンダー予算と関わり重要であり、『女性学研究』18号掲載の論文「地方自治体の男女共同参画予算とジェンダー予算」を参考資料としながらジェンダー予算についての解説を聴きました。まず、ジェンダー予算とは、「ジェンダー平等」の視点から、いわゆる女性政策に関する予算のみならず全ての一般予算の分析を行うことと定義されました。しかし、予算がジェンダー中立的でないことの認識が、重要であるにも関わらずこれまで財政学者には共有されていなかったといいます。
また、男女共同参画政策に関する予算とはどういうものかという理解があまりに曖昧なまま今日まで至ってきたことについても触れられました。この曖昧さとは、例えば、広義の「男女共同参画・女性予算」である男女共同参画基本計画関係予算を意味するのか、狭義の内閣府男女共同参画予算であるのか、という区分にまずはみられます。また、「男女共同参画」と名称がついていたとしても、予算額の数値だけでは男女共同参画が進んでいるかどうかわからないなどということです。例えば、男女共同参画計画関係予算(2010年)の内訳には「子ども手当」は計上されるが、生活保護の母子加算の復活などはその予算総額には計上されず、よって現実的に女性を取り巻く問題の解決を前進させる数値は未表記の状態である、とのご説明でした(この点については、報告の後、会場から、子ども手当ての意義についてや、この手当が男女共同参画にたいしてもつ効果の範囲と母子加算の効果の範囲は異なるため、同列に議論することへの疑問の声がありました)。
さらに、男女共同参画・女性予算とは何かという範囲の曖昧さは、地方自治体レベルでの男女共同参画予算の統計が不十分であることにも現れていると指摘されました。ジェンダー予算はまだまだ研究対象となり得ておらず、また、男女共同参画・女性予算に限ってもその意味するところが曖昧なままの現状を踏まえると、その打開の方向性としては、財政のジェンダー化すなわち財政を扱う上でのジェンダーの主流化と、ジェンダー経済学の研究成果と、これまでジェンダーの視点をもたなかった伝統的な財政分析との融合が必要であることが提案されました。
そして、こうした財政のジェンダー化、そして財政学のジェンダー化といった分析視点を通じ、次のような二つの問いに関する仮説が考えられるようです。一つ目は、「男女共同参画・女性予算」の多くは、人件費の必要な施策が多いのではないかということ。二点目はそのような発想はどこから生じるのか、すなわち行政機関は、「政策の重要な鍵を握る人材面・ソフト面を軽視していないか」ということ。それらの仮説から、女性の自立を掲げる男女共同参画センターで働く女性の賃金の切り捨てが行われている現状を例に、新自由主義政策による公共部門の切り捨てや、民営化が進められた結果、現場でどのようなことが起きているかに目を向けることが必要であると述べられました。
次に、近年の大きなイシューとなっている、公立保育所の民営化問題について、その実態と問題点が示されました。公立保育所の民営化は、保育をめぐる財政制度の再編の流れの中で起こったといいます。2004年の公立保育所運営費補助金の一般財源化、2006年からの公立保育所施設整備費の一般財源化、加えて2002年からの、いわゆる小泉改革での三位一体の地方財政改革進行の中で、地方への税源移譲3兆円見合う国庫補助金の廃止見直しが行われました。
このあたりは恥ずかしながらレジュメからの受け売りで細かい理解がなかなか追いついていかなったのですが、とても簡単に言えば、国から地方へのお金が断たれ、地方が独自に運営をしていかなければならなくなり、それが「保育をめぐる財政制度の変化」をもたらし、公立保育所の民営化が進行しているというのです(この問題に限らず、ジェンダー予算の多くはこの流れの中にあるとのことです)。しかし、これには実はからくりがあって、補助金の廃止の一方で、地方交付税によるその分の補填が行われ、地方交付税が減らされた後も、地方債の発行によって、金額としては今までと近い支援が国から行われているといいます(もっとも、使途が明確な補助金とは異なり、その他の財源はどの部門に使われるかわからないため、場合によっては保育に回ってこないかもしれない、という不安定さがあるということです)。にも関わらず、自治体の職員はそれを把握せず、まずは民営化、そして人件費の削減を進めようとしているとのことです。
その結果、現場の環境は悪化し、混乱し、サービスにも支障が出る。地方の独立という流れの中では仕方ないこと、とされがちな民営化やそれにともなう現場の問題が、実は財政に目を向けると、いかに都合のよい切り捨てでしかないかが明らかにされました。その意味でも、財政とは単にお金の世界の話ということではなく、社会の状況を正しく見るために必要なツールであるということを再認識しました。
その後の質疑では、参加者の、様々な角度からの質問・意見が出されました。例えば、地方分権にはバラ色の未来があるように言われていたが実態とのギャップは大きいことが今回の事例以外にも多々有るのではないか、一般財源化、地方交付税化では保育へのお金がいかないようになるのではないか、など。時間の都合上、方向性の共通するいくつかの質問・意見を中心に、今後の社会への道筋も含めて只友先生にお答えをいただきました。
回答ではまず、補助金が廃止され一般財源化することは、用途にしばられず何にでも金を使えることを意味し、本来であれば良いことと理解されるが、自治体の現場では補助金のほうがよかったとの声が多いという現状が紹介されました。その背景には、「みんなのお金」を使って事業をする、というシステムそのものが破綻している現状があるために、保育の事業には予算が配分されず、力のあるところにお金が回るだけになってしまうというのです。
只友先生は、そのような自治体での意思決定が実質上、確立していない状況を変えるには、デンマークのユーザー・デモクラシーのような公選制を通じてユーザーが自治体の予算の使い道を決めるしくみが必要であると提案されました。このことは、政治に参加して市民が意識を高め、新自由主義に迎合する市民感情に対抗することを可能にするといいます。今は制度をあらいなおしながら、これから新しいシステムを作っていく段階にある、という心強い回答でした。
会場からの質疑では、その他にも、所得税の減税など富裕層が得をするシステムの問題点を洗い出していくことが重要ではないか、予算全体にジェンダーの視点を置く試みはオーストラリアでは複雑すぎて破綻したが、どのような指標で計算していくことが有効なのか、男女共同参画予算の内訳を明確にするといった財政のジェンダー分析は、「莫大で不必要な予算」を根拠にし男女共同参画を批判しようとするバックラッシュ言説への抵抗にも生かせるのではないかという提案などがありました。「意思決定に市民が入る」という未来への提案を共有しつつ、只友先生いわく、「刺激的な質問」が多数飛び交う盛り上がりの中で、今回の例会は終了しました。
フォーラム労働・社会政策・ジェンダー
カテゴリー:男女共同参画 / セミナー「竹中恵美子に学ぶ」
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