エッセイ

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<女たちの韓流・29>「ワーキングママ」~働く母親の育児事情   山下英愛

2012.06.05 Tue

 「ワーキングママ」(SBS2008全16話)は、題名の通り、働く母親の物語である。脚本は、以前紹介したドラマ「江南ママの教育戦争」(SBS2007)で、韓国の受験戦争の歪みを赤裸々に描いたキム・ヒョニ(1971~)が書いた。「ワーキングママ」では、働く女性たちが仕事と育児を両立させることの大変さを、コメディータッチで描く。作家自身もワーキングマザーであり、自分の身近な経験からヒントを得たという。彼女の場合は、実家の母親が子どもの面倒を見てくれたおかげで、ドラマ作家としての仕事を続けることができた。成功した女性の後ろには必ず“女性”がいて、成功した男性の後ろにも女性がいる。なぜいつも支援に回るのは“女性”なのか?男性ではだめなのか?という問いがこのドラマを執筆するきっかけだったと語っている。

 主人公のチェ・ガヨンを演じたヨム・ジョンア(廉晶雅、1972~)も、このドラマに出演する半年前に出産したばかり。コ・ソヨン(高素栄)、チャン・ドンゴン(張東健)、ペ・ヨンジュン(裵勇俊)と同い年の人気俳優の一人である。ガヨンの夫パク・ジェソン役を演じたのは個性的な演技力の持ち主であるポン・テギュ(1981~)。その他、このドラマのもう一つの見どころである中年のロマンスを演じたのがベテラン俳優のキム・ジャオク(金慈玉1951~)とユン・ジュサン(1949~)である。二人は70年にデビューして以来、実に多くの映画とドラマに出演してきた。ユン・ジュサンは演劇俳優としても有名である。ガヨンの姑役を演じたキム・ジヨン(1938~)も、演技人生は半世紀に及び、韓国各地の方言を自由自在に操る特技を持つ。

“テ~ハンミングッ(大~韓民国)、チャチャッチャチャッチャッ!”の落とし穴

 30代前半のチェ・ガヨンはファッション関連会社に勤めるキャリアウーマン。バリバリ働き、能力もあるので、将来を嘱望されている。そんなガヨンは、2002年の日韓ワールドカップで韓国チームが勝ち進んでいたある日、勝利に酔いしれた勢いで部下のパク・ジェソンと一夜を共にする。しばらくして、ガヨンは米国へ転勤してキャリアアップする機会をつかむのだが、その矢先に妊娠していることが判明する。俗にいう“W杯(ワールドカップ)ベイビー”である。

 ガヨンは迷わず中絶しようとするのだが、妊娠の事実を知ったパク・ジェソンがしがみつく。彼はパク(朴)氏家門の7代目の跡継ぎで、「8代目の養育は自分の母親が面倒を見るから、どうしても産んでくれ」と哀願するのだ。母親がすでに亡くなっているガヨンは、子どもを産んでも姑が育ててくれるというジェソンのことばを信じて結婚し、子どもを産む。ところが、育休が明け、子どもを姑(アン・フンブン)に預けて仕事に復帰しようとしたところ、ジェソンの姉が離婚して、二人の子どもと実家に転がり込む。そのせいで、姑がガヨンの子どもの面倒までは見られなくなってしまった。姑に子どもを預けることができなくなって途方に暮れていた頃、また妊娠。結局、ガヨンは二人の子どもを育てるために仕事を辞めざるをえなくなる。

孤軍奮闘するガヨン

 夫のパク・ジェソンは悪人ではないが、未熟で浅はかだ。ガヨンを助けて家事育児を分担するのでもなく、仕事の面で有能なわけでもない。その上、金持ちの母親を持つ同僚のコ・ウンジに誘惑されて、有頂天になっている。コ・ウンジは有能なガヨンの職場復帰を妨害するために、単にパク・ジェソンを利用しているのだが、ジェソンはそれも見抜けない。女性のための相談所を開いているジェソンの姉も、およそフェミニストとはほど遠く、ガヨンの助けにはならない。

 運良く元の職場で契約社員として働き始めたガヨンは、ジェソンにほとほと愛想を尽かし、離婚を決心する。だが、働くためには子どもが問題だ。昼間は子どもたちを保育園に預けることができるが、夕方以降、子どもの面倒を見てくれる人が必要なのだ。ガヨンはその頃、父親がウンジの母親ポクシルと相思相愛であることを知る。ガヨンは、父親がポクシルと再婚すれば、ポクシルが“実家の母親”になる。そうなれば、子どもの面倒を見てもらえるに違いないと思って積極的に再婚を勧め、めでたく二人は結婚する。ところが、父親と結婚したポクシルは、「私は孫の面倒を見るために再婚したのではない」と、子守をきっぱり断る。

 しかし、ガヨンのもっとも良き理解者であるポクシルは、様々な手を尽くしてガヨンを支援する。ガヨンと離婚後、家から追い出されて職もなかったジェソンを住み込みのベビーシッターとして雇ったのもポクシルである。ガヨンはポクシルの協力を得て再び仕事で能力を発揮し、正社員になった。また、同じ職場にスカウトされてきた実力派デザイナーのハ・ジョンウォンは、そんなガヨンの有能さを知って、次第に同僚としても異性としても好感を抱くようになる。

 ガヨンはファッションショーの責任者として仕事にまい進するが、またしても妊娠が判明する。離婚前に夫のジェソンとの間にできた子どもである。大きな仕事を控えていたガヨンは迷いに迷うが、今度はポクシルが、「シングルマザーとして堂々と産めばよい、子育ては任せなさい」と言ってくれたことで、産むことを決心する。ガヨンに惹かれているハ・ジョンウォンも、妊娠の事実を知ってもガヨンに対する気持ちは変わらない。そうして、様々な困難の中で、ガヨンはファッションショーを見事に成功させ、ジョンウォンと一緒に再びアメリカへ転勤するチャンスをつかむのである。

意外な結末

 これでガヨンがそのままアメリカに行くのかと思いきや、最終回の最後の場面で意外な展開が待ち受けていた。この結末については、ぜひ読者が実際に見て評価していただきたい。ちなみに韓国では、この結末に対して多くの批判の声が上がった。そして、なんと、脚本を書いた作家まで、「このエンディングは脚本と違う!」と言い出した。作家は、会社側に対して、育児休暇を保障し、以前と同じ勤務条件で復職させること、フレキシブルな出退勤時間を認めることを、そして再結合を望む前夫ジェソンに対しては、家事労働を受け入れさせる、という展開にしていたそうである。ところが、その大事なメッセージが放映前の編集段階ですべてカットされてしまったというのである。

韓国の保育事情

 しかし、いずれにしてもこのドラマを見れば、韓国の働く母親たちの大変さがひしひしと伝わってくるのは間違いない。政府の統計によれば、韓国の共働き世帯は全体の約43.6%(2011年)。働く母親が幼い子どもを預ける先は、保育施設が最も多く、次がベビーシッター、その次が親や親せきなどである*1。

 保育施設のうち、質が良くて人気の高い国公立は全体の5.4%にすぎず、待機者が600人を超すところもある。次に職場の保育所が好まれるが、これも数が少ない上に、1~2年の待機はざらで、入れる確率は低いのが現状である。そのため近年では、民間保育所が次第に増えつつあり人気も高まっているが、費用が高くつくという問題がある。日本と同様に、親の所得水準によって負担額が決まる仕組みだが、その基準が低く、共働き世帯の場合などは負担額がばかにならない。また、様々な名目の追加費用もかかる。

 保健福祉部が最近行った保育所の実態調査によれば、民間施設の場合、不正や違反事例などが多く、給食など衛生上の問題なども指摘されている*2。かといって、信頼して預けられるベビーシッターを探すのもなかなか大変である。そのため、結局、費用も少なくて済み、安心できる預け先は母親や姑になりがちなのだ。

“低出産”と性別役割分業

 ご存じの通り、韓国の出生率は先進諸国の中で最も低迷している。2000年代に入ってその傾向は著しく、2005年には出生率が1.08を記録した。さすがに政府も危機意識を持ち、国家的課題として低出産対策を講ずるようになった。地方自治体も働く女性たちの育児負担を軽減するための政策をあれこれと試みている。しかし、ワーキングマザーに対する先入観や偏見は依然として根強い。ドラマにも描かれているが、女性たちは妊娠・出産、子育てを理由に昇進から外され、孤立することが多い。ある調査によれば、ワーキングマザーが会社生活で直面する悩みは、人事上の不利益42.4%、慢性的な夜勤と業務の多さ32.3%、将来の経歴に対する不安30%だそうである*3。

 その上、人々の性別役割分業意識の根深さも、ワーキングマザーの肩の荷を重くする大きな要因である。2008年に既婚者を対象に行った社会統計調査(統計庁)の「家事分担実態調査」によれば、「日頃、家事労働を平等に分担している」と答えた人は、男女ともに9%程度に過ぎない。「妻がすべて行う」(35.7%)、「主として妻がやり、夫も分担する」(53.8%)を合わせると約90%が女性に家事労働を依存している。こうした分業意識が変わらない限り、子どもをもつ女性にとって仕事と家事の両立は困難であり続けるだろう。

“W杯ベイビー”

 ところで、“W杯ベイビー”とは、ドラマの中のガヨンたちのように、応援のはずみで同衾した結果生まれた赤ちゃん、という意味であるが、これは、単にコメディとして笑い飛ばすわけにはいかないことである。現実にどれほどそんなケースがあるのかは定かでないが、ワールドカップが開かれた翌年の出生率が上昇していることがその証拠として挙げられている*4。また、出生率の上昇のみならず、ワールドカップの後で、中絶する件数が増え、未婚の母も増える傾向があると言われている。

 中にはこの“W杯ベイビー”の現象を、出生率の上昇という面で歓迎する向きもあるが、これが事実だとしたら、女性にとっては迷惑なことである。避妊もせずに性的欲求だけを解消しようとする行為の代償は女性たちが支払うことになるからだ。ドラマの中で、ガヨンにチャンスが訪れる度に予定外の妊娠が判明するのを見ながら、なんとも複雑な思いがした。有能な女性であるにも関わらず、妊娠を自分でコントロールできないというのが、情けなくもあり、腹立たしくもあった。もし私が脚本家なら、最後の要求項目の中に、避妊の徹底をぜひ付け加えたいものである。

*1 「ワーキングママの育児報告書」KBS、2010.8.25放送

*2 シン・ボムス「子どもの家実態調査―39か所の内、30か所で規定違反」http://www.asiae.co.kr  2012.5.14

*3チャン・ユニョン「“ワーキングママ”職場生活困難な要因1位、“人事上の不利益”」http://www.mdtoday.co.kr 2011.4.26

*4 2000年代の出生率 *印はワールドカップ開催年

 年

2001

2002*

2003

2004

2005

2006*

2007

2008

2009

2010*

出生率

1.30

1.17

1.18

1.15

1.08

1.12

1.25

1.19

1.15

1.23

写真出典

http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=drawoo&logNo=70033020798

http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=thduddl773&logNo=40130171702&viewDate=&currentPage=1&listtype=0&from=postList

http://news.sportsseoul.com/read/entertain/584381.htm?imgPath=entertain/broad/2008/0807/

http://blog.daum.net/mohwpr/12878820

http://www.ldskorea.net/2002-world-Cup-01.htm

カテゴリー:女たちの韓流

タグ:ドラマ / 韓流 / 働く女性 / 山下英愛