2012.11.04 Sun
北フランス、ノルマンディーの港町、ル・アーヴル。元芸術家で今は貧しい靴磨きの老人とアフリカから密航してきた黒人少年との交流。それに不治の病の老いた妻、密告者、追い詰める警視、バーのマダムの淡い慕情、ご近所仲間との友情あふれる連携プレー…がからむ。愛あり涙あり、スリルとサスペンスあり。ひっさしぶりに映画らしい映画を見せてもらった気分。そうなんだ、映画ってこういうものだったんですね、って亡くなった淀川長治さんが言いそう。
これってどこかで見たことがあったっけ、という永遠の定番なんだけど、それでもやっぱりよくできている。
電話はダイヤル式の卓上電話、蓄音機にかかるのはSP盤、これはいつの時代の映画か?と思うが、2005年もののワインが出てきたり、ユーロが通貨として出てくるからEU統合の後だとかろうじてわかる。1950年代の映画だと言われても通用するほどのレトロ感にあふれている。
だがコンテナ船に命を預けて密航する移民の姿は、たしかに’90年代以降のグローバリゼーションの産物だ。ル・アーヴルが舞台なのも、最終目的地ロンドンの対岸だから。密航者を助ける国みがきがマルクス、追う警視がモネというのは何かのジョークだろうか。
監督のアキ・カウリスマキって聞いたことがない名前だがフィンランド人。レトロな映像を抑制した抒情と共に描きだす撮影のティモ・サルミネンもフィンランド人だ。フランスの老優たちがうまい。生きてきた時間をそのまま刻み込んだ表情で、役なのか人格なのか判別しがたいいい味を出している。この映画だとフランス人は皆善良そうな人ばかりと思ってしまいそうだが、元はと言えば移民排斥の国策が原因だってことは、忘れないでおこう。寡黙な黒人少年を演じるブロンダン・ミゲルの訴えるような瞳もよい。監督の愛犬ライカがそのままの名前で出演している。賢そうなラブラドール犬だ。
下町に暮らす庶民の哀歓を交えた人情話。悪人は出てこないし誰も不幸にならない。社会正義を声高に訴えもしない。定番といえばあまりに定番なのに、見終わったら、そうなのよ、こういう映画が見たかったのよ、という気分にさせられる。舞台も登場人物も少ないローコスト映画だが、こんな掌中の珠のような小品を、今どき他に誰が作れるだろうか? 2011年のカンヌ国際映画祭で、拍手喝采とともに国際批評家連盟賞を獲得したと聞いてさもありなんとうなずける。
初出掲載 クロワッサン プレミアム 2012年6月号 マガジンハウス社
カテゴリー:新作映画評・エッセイ