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『ファースト・ポジション 夢に向かって踊れ!』 バレエコンクールの表と裏を追うカメラに、一喜一憂。 上野千鶴子

2013.04.22 Mon

子どもの頃、バレエを習った少女は(少年も)どれだけいるだろうか。娘にバレエを習わせたいと思った母親は、どれだけいるだろうか。バレエに憧れて挫折した娘のなかから、マンガに才能のある者たちが日本の「バレエ・マンガ」と言われる特異な分野を切りひらいた。同じようにバレエに憧れ、途中で挫折した映像作家ベス・カーグマンが、このうえもなくチャーミングなバレエ・ドキュメンタリーを製作した。タイトルの『ファースト・ポジション』は最初の立ち位置でもあるが、「一位」という意味でもある。

 毎年ニューヨークに9歳から19歳までのバレエダンサーの卵たちが世界中から集まってくる。ユース・アメリカ・グランプリ(YAGP)に挑戦するためだ。2000年に設立されたこのバレエコンクールはまだ10年ちょっとしか経っていないのに、ローザンヌをしのぐ世界的な注目を集めるに至った。それというのも、プロのダンサーとなるためのダンスカンパニーとの契約の機会を得られるばかりでなく、名門のダンススクールで学ぶ奨学金が与えられるからだ。

 年に一度の晴れ舞台に出場する世界中の子どもたちを、その一年前からカメラは追う。イタリア駐在の米軍人の息子アラン。プロのピアニストと富裕なビジネスマンの間に育つ日英ハーフのミコ。チアガールを楽しむ恵まれた容姿の高校生、レベッカ。親族の期待を一身に背負ったコロンビア出身のジョアン。そして内戦のシェラレオネからアメリカに養女にもらわれた黒い肌のミケーラ。決して豊かで恵まれているとばかりはいえない背景の子どもたちが登場する。

 ローザンヌの中継を見るだけでも胸を締め付けられるのに、舞台裏にまわったカメラの視線に観衆は同化して、ひとりひとりの運命に一喜一憂する。トウシューズのなかのぼろぼろの足や爪、故障続きの膝、過酷な訓練、出番前の緊張や鞘当て。カメラは審査員席の反応もなめるように映し出す。感動を呼ばないわけがない。

 そうか、こんなドラマが毎回、ステージの背後で演じられるのかと思えば、監督の目のつけどころのよさに感心する。それにしてもカメラが追いかけた少年少女たちはすべて上位入賞者。結果がわかっているわけではないのに、どうしてこんな選択が可能だったのだろう?監督がバレエフリークで見巧者だったから?それとももしかして追いかけた卵たちのうち入賞を逸した素材は出さなかっただけ?バレエ好きのあなた。日本予選を見て先物買いした子どもたちが成長するのを、胸キュンの気分で見守ろう。

写真:(C)First Position Films LLC

初出掲載 クロワッサンプレミアム 2013年1月号 マガジンハウス社

カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:映画 / 上野千鶴子 / 女とアート