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『灼熱の魂』凝縮された悲劇の連鎖。圧倒的なパワーで見せる。傑作カナダ映画。 上野千鶴子

2013.05.15 Wed

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.「アカデミー賞外国語映画賞は本作が受賞すべきだった!」・・・。ウォール・ストリート・ジャーナルの映画評だ。配給会社が宣伝に使っていることを割り引いても、たしかにこの映画のパワーはすごい。

 舞台は1970年から40年間のパレスチナ。主人公は女テロリスト。非婚の母、虐殺の生き残り、テロリストに志願して決行し、逮捕され、13年間収監されてレイプされ、釈放されてカナダに亡命した。政治的に迫害された民族を題材にあつかえば、それだけで、良心的なインテリの関心をつかむ。メッセージ性だけで高い評価を集めてしまいがちだが、この映画はたしかに賞に値する。

 脚本がよくできている。役者がむずかしい役をよくこなしている。戦闘のあとの廃墟がまるで実写のように迫力がある。作品が海外映画祭で多数の賞をとっただけでなく、主役を演じたルブナ・アザバルは3つの映画祭で主演女優賞をとっている。

 しょっぱなから主人公の死で始まる。残された男と女の双子の遺児は、母親のふしぎな遺書を託され、行方不明になったままの父と兄を捜しにカナダからパレスチナへ旅立つ。映像は40年前のパレスチナと現代のカナダを往還する。母親の過去をたずねる旅を通じて、2人の遺児は、生前の母親のおどろくべき経歴を次々と知っていく。ミステリー仕立ての謎解きに、観客もどきどきする。最後にあっとおどろく謎解きが・・・。

 レイプから生まれた子ども・・・これがこの映画の主題だ。これは、ポストコロニアルとは何か、を説明するのにこれ以上のものはないと思わせたスピヴァクのことばでもある。たとえレイプからでも生まれた子は子。母には愛の対象だ。過酷な運命に翻弄される者の悲劇の要素がぜんぶ詰まっている。古典的でありながら、斬新だ。荒涼としたパレスチナの大地に、現在とつながる携帯電話が何度も登場する。そしてわたしたち観客を正気に戻す。これは現代のことなのだ、もしかしたらあなたの隣人が元テロリストの亡命者かもしれない、と。信じられない、信じたくないけれど、これがこの40年のパレスチナの現実だったのだ。イスラエルとの戦争だけでなく、宗教の違いで内戦をくりかえした複雑な状況に予備知識がないと、ちょっとわかりにくいかもしれない。

 原作はレバノン生まれのワジディ・ムアワッドの戯曲、監督はケベック生まれのフランス系カナダ人、ドゥニ・ヴィルヌーヴ。過酷な運命が強いた亡命が、異文化接触の過程で化学反応を起こし、カナダでこういう作品を生んだ。

初出掲載:クロワッサンプレミアム 2012年1月号 マガジンハウス社








カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:映画 / 上野千鶴子 / 女とアート