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世代議会に参加して フックス 真理子

2013.11.24 Sun

 日曜日の夕方、電話が鳴った。「こちらは○○です。○○に参加してみませんか。」もちろん、こんなのは、詐欺に決まっている。10秒で電話を切ろうとしたとき、ふと「教育省」という言葉が聞こえた。ん? 思わず、その言葉につられて、相手の語る声に耳を傾けてしまった。それは、ドイツ教育省主導「世代議会」への無作為抽出の招待電話だったのだ。交通費も、ホテル代もすべてこちらで持ちます、会場はボンにあるかつての連邦議会、ぜひ、来てみませんかという、ちょっと魅力的なお誘いである。半信半疑で自分のメアドを告げ、相手からのメールを待った。届いたリンク先をあけると、たしかにその催し物は、ドイツ教育科学省の委託を受けて、とある政治教育研究所が行うらしい。とりあえず自分の性別、年齢、家族状況、学歴、住んでいる地域、外国人の両親の有無などを記入して申し込んだ。しばらくして、ついに本物の招待メールが届き、これがオレオレ詐欺ではなく、自分がその200名の参加者のうちの一人に選ばれたことを知ったのだ。

 「世代議会」(ドイツ語 Parlament der Generationen)とはいったい何か。ドイツも日本と同じく、少子高齢化が止まらない。2050年には、67歳以上の高齢者が人口の40%近くを占めると想定されている。社会におけるこの世代比率の変化は、政治的選択にも大きな影響を及ぼすだろう。それはいったいどのようなものなのか。そこで、議会における政治シミュレーションをして、現在と37年後の政策内容を比べ、学術的に分析してみようというのが、この催し物の趣旨である。2013年と2050年の世代比率に基づいて、議員団が結成され、それぞれが世代の関心にしたがって、政策を決定する。具体的な政策は、「家族と仕事」「地域」「教育」の三委員会でいくつかの選択肢から立案、最終的には本会議でそれを採決する。議員は、上記のような個人背景に基づいて、できるだけドイツの現実を反映するように多様な人間が選ばれていた。そして、各自が「スターター」(15歳~30歳)、「メーカー」(31歳~50歳)、「エキスパート」(51歳~66歳)、「オーソリティ」(67歳以上)の四世代の議員団に振り分けられる。

世代別議員団の割合

 (世代別議員団の割合 左から順にスターター、メーカー、エキスパート、オーソリティ)

2050年の高齢者の高比率が目立つ

 聞くところによると、千人の応募のうち、200人が当選したらしい。ふだんはクジ運のまったくない私だが、珍しくもこれは大当たりだった。議場で他の人と話してみると、ほぼ全員があの日曜日夕方の電話で誘われたそうな。交通費をおさえるために、地元のボンやケルンから来ている人がさすがに多かったが、遠方のミュンヘンやシュトットガルトからの参加者もいた。私は、2013年組「エキスパート」で、私の希望に基づいて「教育」委員会に配属された。

 さて、2013年11月17日、その当日。かつてドイツ連邦議員が重要な政治的決定を下した議場に入るのは、日本人の私にとって、観光気分だった。が、それもつかの間。次から次へと流れてくる政治や社会に関するドイツ語の専門用語を集中して聞いているのは、なんとしんどいこと。それから二日間、議員団での対策協議と委員会での立案討議がひっきりなしに続くのだった。

 そもそも女性の政治学教授が全体の統括責任者であり、スタッフも多数は女性、政治の場にこれだけ女性がいることは、日本との大きな違いで嬉しくなった。この催し物に、これほど多額のお金を支出するドイツ教育省もすごいと思った。感動したのは、皆が本当に真剣にテーマと取り組んでいること、そして何よりも心底驚いたのは、ドイツ人のコミュニケーション能力と社会性である。無作為抽出の議員たちだが、私も含めて全員何かしら意見を表明した。それも、自分の経験や知識を上手に引用し、しばしばユーモアを交えて述べるのである。外国人もお国訛りをものともせず、中卒の学歴すらないという高齢の女性も、アビトゥア(高校卒業試験)に失敗してただいま無業だという高校生も、堂々と。さらに感心したのは、折々「この手順でよいか」「採決への筋道は」などと、いわゆるメタ対話を行いながら、常に討議の方法を反省・修正しながら進めるそのやり方だった。私は、立候補して決選投票で決まった委員長の手綱さばきが余りに見事だったので、会議の後、彼にこういうことをふだん職業としているのかと尋ねた。「私は技術屋ですよ。広報担当ですがね。」というのが彼の答えだった。休み時間には、「ロビー活動」も展開される。世代を超えて、まだまだ夢中でそれぞれのテーマについて意見を交換していた。皆が皆、民主主義のルールを知り尽くしていて、それに合わせて行動できる。本当にドイツ人の底力を見た思いだった。

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https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=z3sbk8XH69U

(youtube「世代議会」 ドイツ語部分 訳)

世代議会

変化を体験する 創る

 

「政治家みたいに振舞うんだ。」「ほかの人と話す、もしかしたら、妥協しなければならないかもしれない。」

「中身は大切です。しかし、それよりも、他の世代の人がどんな風に変わりうるか、ぜひみてほしい。」(統括責任者ミュンヒ教授)

「いい雰囲気ですよ、ここは。みんな興味を持っているし、自分の知識を携えて参加している。実験も結果も楽しみだ。」

「協議経過は今、ちょっとむずかしいところに差し掛かっています。長引くかもしれません。」「他の世代の人たちの考えを知ることができますね。スターターも、年を取った人の考え方ができるとか。僕は、オーソリティ世代の考え方に、肯定的な面でびっくりしました。若者たちへの責任という点でよく妥協できるとかね。」「私たちは、とても集中して、建設的に討議していますよ。もうすぐ良い結果が出るでしょう。」

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 私の属していた「教育」委員会では、ドイツが、OECDの教育比較で、15歳の生徒でも成人でも中程度か、場合によってはやや下の学力しかないこと、国家予算の教育費への配分が平均以下であることが問題とされていて、この状況を改善するための政策が討議された。ドイツとは反対に、これらの学力調査では、日本は常に上位を占めていて、一方、先進国中ほとんど最低の教育費支出である。お金をかけずに、有能な労働者を作るというのが、まさに日本の教育。それは、マニュアル化された教科書による全国一律の教育だろう。実は、この「世代議会」、最終の本会議で使用する予定だった投票マシンが突然機能しなくなった。私は、ああ、どうせまたドイツの技術、日本ではこんなことは起こりえないとは思ったものの、それまでまざまざと目の当たりにしたドイツ人の力に、そのような思いはすぐにふっとんだ。数学・理科・読解力、こういう紙の上にあらわれてくる学力は日本のほうがたしかに上、だが、「無作為抽出」で「学歴のあるなしに関わらず」日本人がこのような議会を果たして誰でも運営できるのか。技術は完璧、でも日本人は自分の意志と行動で社会を変えていく、その能力があるのか。結局、OECDで図る学力の尺度がその国民の本当の幸福につながるかどうかは、大いに疑問である。経済優先とみんなが考え、物言わず搾取労働に従事させられて、今の日本の社会格差はすさまじいまでに拡大している。「世代議会」の「教育」委員会で討議された結果、もっとも予算配分を多く獲得したのは、低所得者や移民を背景としたいわゆる「リスク・グループ」のこどもたち対策であった。この層は、日本では見て見ぬ振りをして隅においやられるだけではないか。

会議の様子 二日目の最後に行われた本会議で、いくつかの決定がなされた。意外にも、2013年と2050年の政策にはさほど差がなかった。どちらも「家庭と仕事の両立を目指す、過疎地域を魅力的にするために交通を整備したり、こどもの対策に力を入れると同時に要介護者にも予算を厚く配分する、教育では、経済格差が教育格差に反映されないように、学校を長時間の生活空間とするとともに若者たちの職業機会が増すような政策」が決定された。もちろん、必ずしも議員団の決定にしばられず、「個人の良心に基づいて」投票するので、反対票も棄権もあった。興味深いのは、教育における一致度が、他の二つのテーマと比べて非常に高率だったことである。ともあれ、女性教授の講評によれば、2013年も2050年も、自分の属する世代だけの利益・関心のみを政策に反映させるのではなく、社会正義に基づいた全体の構図を考えて政治行動が取れることが証明された。つまり、2050年に多数派を占める高齢者は、介護が必要な人たちと同時に、若者たちへも温かい連帯を示すことができたのである。

 この社会性、この政治的意識、そしてそれを下支えする一人ひとりの言語能力、どれをとっても私は、ただただドイツ人の力に圧倒された。私の本業は、公文式教室の指導者である。ただし、私の生徒は半分以上が、ドイツ人やドイツに住む外国人のこどもたち。日ごろ彼らに接している私には、この地で行われている教育が、こういう自立して行動できる人間を生み出しているのだと断言できる。正直言って、彼我の差を思うと絶望的な気持ちになるのだが、なんとか日常の教育の場から、人生で本当の幸福を享受できる人間を目指して、まずは私の教室に学ぶ日本のこどもたちが、「自分の意見を声に出して言える」ように育てていきたいものだと、自分で自分を奮い立たせてボンからの帰路についた。

フックス真理子(ドイツ在住)

タグ:フックス真理子 / 世代議会 / ドイツ