2014.01.21 Tue
冴えない女
坂上 香(ドキュメンタリー映画監督)
言ってやろうじゃない あんたたちみんな 10歳で性暴力を受けたって
言ってやろうじゃない あんたたちみんな 何度も 何度も 諦めてるって
言ってやろうじゃない あんたたちみんな ほら穴に隠れてるって
言ってやろうじゃない あんたたちみんな 酸素が必要よって
ソニア・サンチェス(詩人)[1]
8年がかりのドキュメンタリー映画「トークバック 沈黙を破る女たち」が12月初旬に完成しました。サンフランシスコの女性短期刑務所で生まれたマージナルな女たちの劇団「メデア・プロジェクト:囚われた女たちの劇場(The Medea Project: Theater for Incarcerated Women) 」に所属する、8人の女性たちの群像劇です。
今回は、主人公の一人、フィーフィーという女性についてです。
*****
2006年11月3日、サンフランシスコの劇場で上演されたメデア・プロジェクトの芝居「コンクリート・ジャングル」のあるシーンでのこと。
リズミカルな生演奏に合わせて、 “ヤク中”の女性たちが舞台に登場します。ハイになって千鳥足の人、宙を見つめ固まったままの人、マリファナを吸う仕草をする人…。その役者の大半が、当時刑務所に服役中の薬物依存症者だからか、真に迫っています。
そこに身体の大きな女性が登場し、観客の注目が集中。アフリカ系アメリカ人のフィーフィーです。彼女もハッパを深く吸いこむ仕草をし、ふぅ〜っとゆっくり息をはいては、焦点が定まらない視線を飛ばし、あっちにふらふら、こっちにふらふら。舞台のセンタ―に来た時、音楽が突然止まり、彼女がしゃがれた声をはりあげました。
「7歳の時、アタシはゲットーの市営住宅に引越した。そこで“ゲーム”を教わったの。」
再び演奏が始まり、フィーフィーの横を、ケンケンパをしながら三つ編みの少女が横切ります。音楽が再び止まり、舞台の上のヤク中たちがフリーズし、フィーフィーが語ります。
「家からマリファナをくすねてきたら、ご褒美をくれる“ゲーム”よ。10歳でマリファナ吸って、カクテルを飲ませてもらった。ストリートでは、ポン引きのギャングたちが先生だった。ババ 、ハンプ 、スパイシーマイク」
ポン引きたちの名前が読み上げられる度に、ドラムがダン、ダン、ダンと大きく鳴り、フィーフィーが音に合わせて身体を揺らします。最後に2回続けてドラムが鳴り、それに合わせて彼女の大きなお尻が右へ、左へと突き出され、そのコミカルな動きとマッチした音楽に観客席は大爆笑です。
そしてフィーフィーは声を荒げて「乱暴者のジョニー」と言い、身体を反り返し、あごをひしゃげ、険しい表情になってポン引きになりきります。音楽はサキソフォンの激しいノイズに変わり、フィーフィーは近くにいる女性たちに、次々となぐりかかる動きをします。
「このアマ、オレの金はどこだ!」
すごい迫力です。しかし、これは作り事ではなく、彼女が子ども時代に目にしていた、彼女にとってはごく普通の日常だったのです。
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舞台の2ヶ月程前、私はサンフランシスコ女性短期刑務所で行われていたリハーサルに毎日顔を出していました。ボランティア・スタッフの一人として、練習風景を映像で記録していたのです。ボランティアのなかにはダンサーや画家や脚本家など、様々なジャンルのプロがいましたが、フィーフィーもその一人でした。彼女の場合は、この刑務所にかつて服役していた「卒業生」として、また、同じ舞台に立つ俳優として関わっていたのです。
正直、フィーフィーの印象は良くありませんでした。当時は刑務所で練習を行っていたため、決まった時刻に集合し、全員で手続きをしてから一斉に刑務所に入らなければならなかったのですが、遅刻が多かったフィーフィーは入り損ねてしまうことや、無断欠席することが多かったのです。そして、メデアの代表であるローデッサ・ジョーンズからそのことを叱責されるということを繰り返していました。
高校卒業資格を取るために通い出した学校が忙しいから、母親の具合が悪いから、アルバイトが長引いたから、バスの接続が悪かったから、ボーイフレンドとうまくいってないから…。そんな他愛もない遅刻の理由にローデッサは呆れた表情で、「いつも言ってることだけど、練習に来ないならキャストから降りてもらうしかないわね」と言い放つ。その度に、フィーフィーは目を見開いて大げさな身振り手振りを加えて「ごめんなさい、ロー(ローデッサの愛称)。次からは絶対に気をつけるから」と乞うように謝る。こんな場面が繰り返されていました。
元受刑者であるフィーフィーは、受刑者に対してのロールモデルを期待されていたはず。しかし、とりたててリーダーシップを発揮する場面も見られず、むしろふざけ過ぎやおしゃべりで注意されることのほうが目立っていました。ダンスが上手いわけでもなく、歌が上手いわけでもなく、しかも詩の課題は「忙しい」ことを理由に書いてきたためしがありません。
そんなフィーフィーに、ローデッサはプライベートでも電話で夜遅くまで相談に乗ることさえありました。なぜそこまでするのか、という私の質問にローデッサはこう答えました。
「刑務所を出ても、女性出所者が直面する貧困、仕事やコミュニケーションのスキル、男性への依存、暴力の問題は変えられない。支援の制度も不足してる。であれば、すがれるものにすがるしかないでしょ。」
*****
それから2年余りたった2008年、映画化の話が動き出した頃、私はフィーフィーを主人公の一人にすることを決めました。刑務所からずっと10年以上演劇を続けている。けれど、ドラスチックに人生が変わったわけでもない。そんな彼女に関心を持ったのです。
インタビューを依頼し、当時稽古場として使っていた「アフリカ系アメリカ人芸術文化センター」にある広いスタジオを撮影の場所に決め、撮影クルーと待っていました。しかし、時間にルーズな彼女はなかなか現れません。待ちくたびれた頃に突然バンっと開閉式のドアが開くと、フィーフィーが満面の笑みを浮かべて「ハァ〜イ!」と現れました。遅れたことを詫びることもなく、プロ用の大型カメラとブームマイクを抱えた撮影クルーの姿を見つけると、目を大きく見開き、「ワァ〜オ!私はスターね!」と低いしゃがれ声をあげました。そして、まるでレッドカーペットを歩くように、しゃなりしゃなりと歩み寄ってくるのでした。
大きな身体、パンツと短いトップの間からはみでているお腹、リップグロスがてかてかと光る唇、無造作にひかれたアイライン…とお世辞にも決して美しいとはいえない風貌。おまけにインタビュー当日の彼女は前歯の上段の中央2本が抜けた歯抜け状態で、下段は4、5本の歯の間の隙間が大きく開いたすきっ歯状態。きつい言い方ですが、“冴えない”状態に拍車がかかっています。
この直後に撮影したローデッサは、インタビューのなかで次のように問いかけてきました。
「あなたはフィーフィーを凝視できる?彼女に興味をもてる?私にはアーチストの友人がたくさんいるけど、彼らの多くが、道でフィーフィーを見かけても、まともに見られないと思う。顔をそむけたりして、自分の視界にさえ入れないでしょう。“美”には程遠いから。私達は激しく傷つき、焼けただれ、損傷を受けた人たちを前にして、その存在を認め、受け入れることができているかしら。その逆もまたしかり。深く傷ついた者が、そうではない他者を認め、受け入れることも容易ではない。だから、互いをしっかりと見つめ合うには、時間もプロセスもしかけも要るのよ。」
フィーフィーは当時40歳。インタビューでメデアとの関わりについて聞くと、自分は回復中の薬物依存症者で、万引きをして捕まった際に刑務所でローデッサの説明会に参加したのがきっかけだと切り出しました。そして、最初から演劇に関心があったわけではなかったといいます。暇つぶしに参加してみたリハーサルでは、踊ったりお互いの人生について語り合う姿を見て「何だか新しい」とワクワクしたと。そして、即興で作ったヒップホップの歌が認められて、急遽舞台に立つことに。その間一ヶ月程度のスピードデビューでした。
舞台に立って注目を浴びたことで気を良くした彼女は、「演劇で生きていこうと思ったの」と満足げに言い、「次の質問は?」とでも言いたげな視線を私に向けてきます。「で、演劇で生きていけるの?」と切り返すと、「あー、それは無理。難しいわね。わかるでしょう…この世界は競争が激しいから…」とフィーフィー。「じゃあ今はどうやって生計たててるの?」と聞くと「野球場で売り子をしたり…まぁ、そんな感じ。」彼女とのインタビューは大抵そんな風に進んでいきました。簡潔で深まらない答と「ハイ、次!」という催促の眼差し。インタビュー番組に登場するセレブ気取りでなんとも滑稽です。
今まで犯した罪について聞くと、万引きと薬物事例のオンパレード!捕まった回数については「覚えてない。数えきれないぐらい」と笑って答え、刑務所に入った回数については少し考えてから「17歳以降で8回」と答えました。社会通念上は許されない犯罪や服役は、フィーフィーの人生のなかではそれほど重大な出来事ではないのかもしれません。むしろ、彼女を取り巻く環境(低所得者が暮らすゲットーと呼ばれるような地域)では、日常の延長線上に過ぎないのではないかとさえ感じました。
その事をさらに痛感したのは、当時実家に暮らしていたフィーフィーの元を取材に訪れた時のことです。幼なじみの同年代の女性が2人遊びに来ていて、3ショットのインタビューです。一人が切り出しました。
「私たちは16、17歳の頃からよく遊んでたの。何して遊んでたかって?それはごくフツーの16、17の娘たちがやるようなことよ。パーティー行って酔っぱらって…」
その女性は一瞬笑いながら口ごもり、他の2人もクスクス笑っていました。そして、聞いてもいないのにフィーフィーがデパートから大量に窃盗をして捕まった時のエピソードを話し出しました。楽しくて仕方がないといった風に。
それはフィーフィーともう一人の二人で企てた窃盗で、大量の洋服を大型のショッピングカートに詰め込んで逃げるというものでした。一人が警察の目をカモフラージュし、フィーフィーがその間に町じゅうをそのカートを押しながら走ったというのです。欲を出してさらに盗もうとしたフィーフィーが現場に戻って現行犯逮捕。カモフラージュ役だったもう一人も捕まったのですが、否認をしていたところ、警察官から盗んだ品物の山を見せられ「これだけの物を一人で盗むなんて可能だと思うか?」とマジマジと見つめられ、認めざるを得なかったと。私も3人につられて大笑いしてしまいました。
フィーフィーは、冒頭の芝居でも語ったように、小学生の中学年の頃から薬物を使用していました。彼女が幼い頃に両親は離婚し、フィーフィーと弟は、母親と祖父母の元を行ったり来たりして暮らしました。薬物の売人だった父親は、フィーフィーが11歳の頃にヘロインの過剰摂取で死亡。母親の再婚相手も薬物の売人で、常に母親のタンスに大量のマリファナやコカインが入っていたといいます。彼女は10歳の頃からマリファナを紙にくるんで巻きたばこを作ることを覚え、親から隠れて吸ったり売ったりしていたのです。次第に学校をさぼるようになり、学校に行くふりをしてニーマン・マーカスやメイシーズのような有名デパートに行き、洋服を盗んでは高く売りさばいていたといいます。
「本当の気持ちを語りなさい。」初期の頃、ローデッサから繰り返し言われた言葉です。状況を説明できても、その時どう思ったかという自分の気持ちが長い間言えなかったのです。というより、感じることができなかった。本当の気持ちを語る、という事自体が理解できなかったのです。しかし、だからといって子どもの頃何も感じていなかったわけではない。それぞれの出来事に立ち戻って、当時の気持ちを感じることが怖かったのだと気づくまでには時間がかかったといいます。
彼女がメデアに出会ってからその時点で16年が経過していました。メデアという場で、様々な女性のストーリーを聞き、劇団の仲間やローデッサを含む演劇のプロたちからのサポートを得て、いかに自分が孤独だったか、いかに日常的な暴力に感情を麻痺させてきたか、いかに万引きという“ゲーム”で自分の空虚さを埋めてきたかに少しずつ気づいていったのでしょう。残念ながら、そのプロセスのほとんどを私は目撃することも映像で記録することもできませんでした。しかし、このプロセスを始めたばかりの女性たちを取材することによって、その穴を埋めていけばいい。そんな風に思い直したのでした。
インタビューの最後にフィーフィーは言いました。
「起きてしまったことは消せない。だけど、人生の何一つとして変えたいとは思わない。ヤク中であることも、窃盗で捕まったことも、刑務所に居たことも、何も後悔してない。これっぽっちもよ!だって、その全てを経験してきたからこそ、今の私があるんだもん。人生終ったわけじゃない。もっか成長中よ!」
コクンとうなづくフィーフィー。ニッと笑った口元は、歯抜けすきっ歯状態。しかし、そんな“冴えない”彼女が、頼もしく、愛おしく、とびっきり美しく見えた瞬間でした。
そして、このインタビューの翌年の2009年秋、フィーフィーは長年連れ添ってきたボーイフレンドとめでたく結婚。さらにその翌年の2010年、彼女はHIVの陽性者らと共に舞台に立ったのです。感染者ではないけれど、劇団の先輩として、彼女たちの仲間として。
(続く)
[1] Sanchez, Sonia. “Song No. 2” in Shake Loose My Skin. Boston: Beacon Press. 1999. pg. 73.
*****
【お知らせ】
12月初旬に完成したばかりの映画「トークバック 沈黙を破る女たち」は、すでに都内や大阪での試写会、仙台での特別上映会などで上映され、様々な風があちこちで静かに吹き始めています。また、2014年3月末頃から4週間、東京渋谷のイメージフォーラムにて上映が決定しました。4月には大阪の第七芸術劇場、その後京都シネマなどでも上映を予定しています。さらに他の地域での劇場公開も目指して、交渉中です。自主上映に関しては、都内を含む関東は6月以降お受けいたします。お問い合わせは下記までお願いします。なお、公式FacebookとTwitterも始めました(下記参照)。ぜひフォローしてください。
◆自主上映のお問いあわせ:
◆ご協力のお願い:
スタジオ編集作業に予想以上の時間がかかり、経費がかさんでしまいました。その結果、完成後のPR活動費が大幅に不足しています。また、日本国内を舞台とした新しい映画企画も始まっています。お気持ちのあるかたは、引き続き下記のサイトを通してご協力お願いします。
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