2014.06.25 Wed
『ダーティ・ママ!』
放映:2012年1~3月、日本テレビ系列
原作:秦建日子(『ダーティ・ママ!』河出文庫、2011年、『ダーティ・ママ、ハリウッドへ行く!』河出書房新社、2011年)
脚本:白木朋子、小林昌
主演:永作博美、香里奈
公式サイト:http://www.ntv.co.jp/dirtymama/
ドラマのジャンルの中では、前回取り上げた医療ドラマを凌ぐ数を誇るのが刑事モノである。そこに登場する女性といえば、「婦警さん」としてのマスコット役か捜査班の紅一点という役回りがほとんどだった。だが1990年代以降は、主役に女性刑事を据えたドラマも少しずつ増えている。
『ダーティ・ママ!』は、タイトルだけだと何のことかわからないが、子持ちの女性刑事、「マルコー」こと丸岡高子(永作博美)が、新米刑事の長島葵(香里奈)とコンビを組んで事件を解決していく、れっきとした刑事ドラマである。ただ異色なのは、高子が非婚シングルマザーであり、1歳になる息子の橋蔵を連れて捜査に臨むこと。署の資料室にソファとベビーベッドを持ち込み、事実上そこで寝起きしているらしい。葵が「一時的補充要員」という形で交通課から刑事課強行犯係に異動になったのも、橋蔵のベビーシッターとして白羽の矢が立ったからだった。
高子は、刑事になった動機を「刑事って犯罪でメシ食ってるでしょ。一生食いっぱぐれないかなと思って」と語り、検挙率ナンバーワンの実績を上げているのも、報奨金目当てとうそぶく。脱法行為も辞さない強引な捜査手法がダーティといわれるゆえんだが、高子は意に介さない。それどころか、内部の設定温度20度・湿度60%、防弾仕様、リモートコントロールも可能な特注のベビーカーに橋蔵を乗せて、どこへでも出かけていく。実は、橋蔵は嘘をついている相手を瞬時に見破り、「ダー!」と指差すという特技を持っており、高子の犯人逮捕に貢献してもいる。「ダー」とは父親を意味し、嘘ばかりつく父を見るうちに身についてしまった特技ということになっている。
その橋蔵の父親に対して高子は認知と養育費支払いを要求し、係争中である。だが相手は調停の場にも現われず、代わりにやってきた母親(かたせ梨乃)が、認知をする代わりに子どもの親権を渡すよう要求する始末。一方、高子に振り回されっぱなしの葵は、交番勤務の佐々木拓也(上地雄輔)とつきあっているが、あこがれの刑事になれたにもかかわらず、愚痴ばかりいう態度に愛想をつかされ、別れを切り出される。そんな中、高子からクビを言い渡された葵の後任に、同じく刑事志望だった拓也がやってきて、二人は高子と組む刑事の座を巡って競い合うことに…。
くたびれたトレンチコートに身を包み、ハイパーレッドのベビーカーに乗せた赤ん坊(と、そのベビーシッター)連れというスタイルで捜査に現われる高子は、行く先々で「なぜ?」と問いかけられる。
そもそも高子はなぜ、子連れ捜査を強行するのか。定時しか預かってもらえない保育園の料金と深夜のベビーシッター費用を合わせれば月に26万5千円はかかるが、そんな金額は払えない、と高子は主張する。着任早々、子どものおむつ替え、ミルク作り、入浴を次々に命じられ、必死でこなしても高子に理不尽なあしらいを受け続ける葵が逆ギレし、「先輩こそシングルマザーだか何だか知らないけど、捜査に子ども連れてきて、みんなに迷惑かけてるじゃないですか。母親なら子どものこと一番に考えるべきじゃないんですか。どっかに預けたほうが橋蔵くんもよっぽど安全ですよ」と詰め寄った時も、「高い金払って子ども預けて、それが安全だなんて、誰に言えんのよ」と切り返す。凄惨な事件現場を目にしたり、危険に遭うことのないよう細心の注意を払いつつ、自分の手元から離さずにいつも守るのが、子どものことを一番に考えた結果だというのである。そんな高子は、何かのせいにして自分の人生選択を悔んだり、妥協したり、あるいは自分の足で立とうとしない女性たちに対して厳しい。
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ある事件の被疑者をかばう愛人の女性(西田尚美)はシングルマザーで、息子もなついた相手男性との結婚を夢見ていた。「ひとりでがんばって子育てしたって、母親のことなんか誰からも褒めてもらえない。自分の人生なんて何もない」「誰でもいいから、守ってほしかったの」というその女性に、高子は「結局、男に寄りかかりたかっただけでしょ」「甘えんじゃないよ。自分の子どもは自分で守れ」といい放つ一方で、「人間、カネがあれば何とかなる」と当座の生活費を渡す。
夫の浮気がもとで犯罪に巻き込まれた写真家(市川実日子)は、キャリアが軌道に乗る頃に妊娠がわかり、夫にも告げずに中絶した経験を持つ。「女が仕事で生き残っていくには、何かを犠牲にしなくちゃならないの」という彼女に対しては、「そんなのただの言い訳じゃん。欲しかったら、両方手に入れればいい」と毒づく。「あなたは橋蔵君を妊娠した時、悩まなかったの?」と別の被疑者に問われると、「全然。ただ、覚悟はした。あとは意地。この子を産んで育てられるなら、どんなことだってする。そう思った」と答える。
そうした高子の決然とした生き方に比べ、葵は常に揺れ動いている。「葵のことは俺が守るから」という拓也が、仮採用とはいえ自分が先んじて刑事になったことにわだかまりを持つのでは、と気を回すかと思えば、「いざとなったら私が刑事としてバリバリ働いて、拓也を養うのもありかな」といきなり宣言してみたり。高子にいわせれば、「あんたは自分の意志がない。中途半端」なのである。だがその葵も、ドラマの終盤で自らの妊娠が発覚した後、「先輩みたいに、子連れでもとやかく言われない仕事のできる刑事になります」と宣言する。
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刑事としての仕事と子育てを同時にこなす高子のやり方は、むろんドラマ特有の突飛な設定だが、子の父親による認知と養育費を請求する姿はきわめて現実的である。シングルマザーのうち、養育費を受け取っている人は5人に1人に過ぎない。取り決めた額自体も少ない。また、世の中のシングルマザーの多くは、非正規の不安定な仕事に就いている(赤石千衣子『ひとり親家庭』岩波新書、2014年)。
以前、日本のシングルマザーについて調査していた外国人研究者が、子どもの世話は母親がするべきだという通念がいまだに強い日本の中で、母親なのに働くことが当然視されているのがシングルマザーだと言っていたが、たしかにそのとおりだ。そのうえ、家事や育児の分担を要求できるパートナーが不在で、かつ子育てへの十分な公的サポートが得られにくい環境では、就労を制限せざるを得ないため、「働いていても貧困」の状態から抜け出すのはむずかしい。夫に先立たれたシングルマザーを主人公とするドラマ『Woman』(2013年7月~9月、日本テレビ系列放映、主演:満島ひかり)でも、昼と夜にパートの仕事を掛け持ちしながら2人の子どもを育てる厳しい状況が描かれていた。
ドラマの原作のほうでは、高子は「ホントに少子化止めたいなら、国は保育園の数をどーんと増やして、しかも無料でやるべきよね。鼻くそみたいな助成金で何とかした気になるなっつうの。チンケな養育費払って、俺は責任を全うしてますみたいな顔してるふざけた元旦那みたいなもんだわ」と啖呵を切り、葵に向かって「あんたもシングルマザーになると、この国の政治の穴がよくわかるから」とのたまっていた。シングルマザー刑事の子連れ出勤は、「政治の穴」への挑戦状なのかもしれない。
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